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時が経つに連れ、あの高3の夏から冬に起こったの出来事はまるで幻だったのではないかと思う。

私の記憶も曖昧になっているのを感じる。


なので、少し彼との出来事を思い出してみようと思う。

彼を忘れないために。

あの夏はめちゃくちゃ暑くて、私は高校3年生だった。

受験に向けたラストスパートで夏休みもほぼ無くて、毎日補講が終わったあとが9月の文化祭の合唱の練習時間だった。私の学校は3年生が合唱をするのが慣例だった。

私は全くクラスの中心人物でもなかったし、合唱で1位取るよ!と意気込むリーダーグループの気迫にただただついていく、そんな学生だった。


シンと出会ったのはそんな合唱の練習を午後に控えた日だった。

その日は午前中に補講は無くて、合唱練習のためだけに午後から登校しないといけない面倒くさい日だった。面倒くさいなんて思っていても、練習に行くのをサボってリーダーグループに目をつけられる勇気は私には無い。ああ、チキンだ。なので私は受験勉強も兼ねて、学校から10分程度のところにある、市立図書館で時間をつぶしていた。


私の自宅は学校から自転車で40分くらいかかるので、学校帰りによくこの図書館に寄っていた。本を借りたり、勉強したり、何もせずにぼんやりしたりして時間をつぶしていた。

その日も同じように図書館の勉強ができる個別ブースで、次回の補講に向けて予習をしていた。英語の長文だった気がする。1時間くらい経つと、集中力が切れたので、何となく立ち上がると、私と同じタイミングで斜め右前の個別ブースに座っていた人も立ち上がる気配がしたので、思わずその人を見つめた。


整った顔だちに少し茶色ががった髪、それと同じ色の切れ長の瞳と目が合う。

……どきっとした。シンとの記憶で一番覚えているのは、このときのことだと思う。

どきどきして、何も言えずにいると切れ長の目がふっと柔らかく微笑んだ。

キリッとした雰囲気が柔らかくなる。

そして親指を立てて、外を示すジェスチャーをしながら、口を動かす。

(ちょっと話さない?)

…なんか軽い人だな思ったけど、話をしてみるのも楽しそうと思ったので、私はシンについて行った。


「高校生?」

個別ブースのある部屋の外にある多目的スペースで、置いてある自販機でジュースを買いながらシンはフランクな調子で口を開いた。

何か飲む?と聞かれたけど私は大丈夫です、と断った。

「そうです。今年受験生なんです」

「だから図書館で勉強?えらいね。」

「受験までもうすぐなんで。」

「よく来るの?」

「週3くらいですかね。お兄さんは大学生?」

私は少し舞い上がっていた。

素敵な出会いかも、なんて思って。

「学生じゃないんだよね」

と言って、シンはペットボトルのジュースをごくりと飲んだ。

(社会人?平日なのに仕事休みなのかな…?)

初対面であれこれ聞くのもどうかと思い、敢えて聞かなかった。

「生まれはこの街?なんて名前?」

「そうです。私、滝原です」

「タッキーか。よろしく。俺シンです」

(タッキーって…。距離感近いなこの人。格好いいけど。)

「シンさんはこの街の人ですか」

「いや、最近引っ越しして来たんだよね」

「そうなんですね。お仕事ですか」

「うん。まあ、そんな感じ」

(平日がお休みのお仕事なのかな。)

さりげなく探りをいれたけど、さらっと流された。

「今日学校は?制服着てるけど?」

「いや、午後から文化祭の練習があって…ちょっとだるいんですけど」

「はは。いいね文化祭」

話に夢中になっていたが、ふと練習に行く前にクラスメートとお昼を食べる約束をしていたのを思い出した。もう少し話をしていたいと思ったけど、仕方ない。

「すみません。学校行く前に友達とランチの約束してて・・・」

「そっか。ごめんね。忙しいのに話かけちゃって」

「全然です。シンさんはこのあとどうされるんですか」

「俺・・・?彼女と会う予定」

(彼女いるんかい!)

なんか一気に冷めた感じがしたけど、顔に出ないようにした。

「また図書館で会ったらそのときはよろしくね。タッキー」

「こちらこそ。またお願いします」

そうだよね。素敵な人には彼氏いるよね。残念、と思いながら、笑顔でシンと別れた。


図書館を出た瞬間、外の蒸し暑い空気が体にまとわりついてきて、一気に汗ばむ。

いっそ回れ右して、あの涼しいシェルターに戻りたい。

自転車置場で自転車のハンドルを掴むと、やけどするんじゃないかと思うくらい熱くて、自転車をこぎだすと太ももに当たるサドルも熱くて、立ちこぎで待ち合わせ場所のファミレスに向かう。

昼の眩しい日差しでアスファルトがなんとなくにじんでいるような中で自転車を走らせていると、ふと道沿いの建物に目に入った。「売り物件」と書かれた看板が、年季の入った洋風の建物の窓にかけられている。その前の花壇も雑草が伸びっぱなしになっていて、荒れ放題になっている。この建物は私が小学生だった頃、高齢のご夫婦が切り盛りしているイタリアンのお店だった。アットホームな空気のお店で、私は家族でよくここにご飯を食べに行っていた。私はいつもミートソーススパゲッティを注文していた。

このレストランには、いつも何人か若いアルバイトの学生がウエイター・ウエイトレスをしていて、その中の1人に「あっちゃん」と呼ばれるとても綺麗なお姉さんいた。黒髪のロングヘアーをいつもポニーテールにしていて、はきはきと注文を取る笑顔がとってもチャーミングだった。私は「あっちゃん」に憧れを抱いていた。

…あっちゃんはある夏、友達と行った海水浴で亡くなった、と親から聞いた。

その後、何度かそのレストランに行ったけれど、あっちゃんは一度も注文を取りに来ることは無かったし、レストランのフロアで見かけることも無かった。

――本当にいなくなったんだ。

それが私が人の死を最初に身近に感じた出来事だった。涙は出なかったけれど、胸の中が空っぽになって、どうすることもできないもどかしさと、どこへも持っていくことのできない感情が空洞になった胸の中に漂っているような気がした。

5年くらい前、高齢を理由に老夫婦がお店を閉店してからは別のレストランが入ったりしていたが、結局すぐに閉店しまって、ここ3年位はずっと空き店舗となっている。


そんな思い出にひたりながら、自転車を漕ぎ続けて待ち合わせのファミレスに到着した。ファミレスの駐輪場に見慣れたストラップが付けられた自転車が停まっているのを見て、佳奈美がもうすでに到着していることが分かった。ファミレスに入ってフロア全体を見回すと、ひらひらとこちらに手を降っている佳奈美が見えた。


おつかれ、と声をかけて佳奈美の正面に座る。

「もう注文した?」

「まだ、わたしもさっき着いたとこ」

「そっか。何頼もうかな~」

「わたしパスタにする」

「えーどれ?」

メニューを見ながら、これ、と佳奈美がトマトソースのパスタを指差す。

「美味しそう。いいね」

結局、佳奈美と同じパスタを注文することにした。

注文を終えてから、ふと佳奈美に先程のイケメンの話をしようかと思ったけどやめた。なんとなくイケメンの存在を教えたくなかった。

「今日の合唱練習どれくらいかな」

「わかんない。長くならないといいけど、みんな気合入ってるからねえ」

そう言いながら、佳奈美が氷の入った水をストローをでくるくるかき混ぜる。

「てかさ、杉山と実花付き合うことになったらしいよ」

「え、実花は菅野くんが好きじゃなかったっけ?!」

「なんか、杉山から告白されて気持ちが揺らいだらしい」

「えーそんなもん?!杉山くんと菅野くんてタイプ全然違うとおもうけど」 

「だよねえ。よく分からないね」

「えーでも気まずくない。ていうか杉山くん、先月まで別の子と付き合ってたじゃん。」

「そうだよね。杉山ってよく彼女変わるよね。悪いやつじゃないけどさ。」

「わたしはあんまり喋ったこと無いからよくわかんないし、美花がいいならいいけどさ」

「なんか、悪いけどすぐ別れちゃう気がしない…?」

「するね…」

そんな話をしていたら、注文したパスタが運ばれてきた。佳奈美と私はおしゃべりを中断して運ばれたパスタを見つめる。

「美味しそう。はい佳奈美。フォーク」

「ありがと」

フォークにくるくるとパスタを巻きつけて口に運ぶ。トマトの風味がふわっと口の中に広がって、思わず頬に手を添えてしまう。

「美味しい」

その後は佳奈美も私ももくもくとパスタを食べ続けた。食後のドリンクになって佳奈美が話はじめる。

「正直杉山本当に意味不明だし。なんであんな身近でとっかえひっかえするかな……きまずいじゃん。」

「前の彼女も実花と同じ吹奏楽部だっけ?」

「そう。」

「実花も分かってたはずだと思うけど…」

「でもまあ人気あるもんね杉山。あれで、さらに彼女に一途とかのほうが絶対モテるのに。」

「そうだね。激しく同意」

クラスメイトの噂話をしていたら出発しないといけない時間がきたので、会計を済ませてファミレスを出た。

「あ~あっつい。ほんとに練習やだ~」

「佳奈美!やだやだ言ってたらほんとに嫌になるから、取りあえず頑張ろうって言おう」

「頑張ろ~」

夏の蒸し暑い空気を吸い込んで、再度炎天下の中を自転車で走り出した。


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