通過駅。
裕太はグレーチングが苦手だ。歩道に時々にある鈍い銀色のそれ。歩いていても避けて通る。溝蓋だけではない。街の中には地下鉄の通気口に使われている、それもあるのだ。
耳をすませば音が聴こえるというそれ。四角いその上を裕太は絶対に歩かない。
◎〜 一年後
……、あれから大変だった。帰ってこない裕太くん知らないか、と大騒ぎになって……。
裕太は地下鉄に乗っている。ドアの近くの座席に座り、首を傾げて黒い流れる景色を見ていた。
……、大変だった。最後の目撃者とかで、警察に話を聞かれて、どこ行っちゃったんだよ、おかげで家引っ越したんだよな、なんかご近所さんであれこれ言われてさ、母さん疲れちゃって……。
タタン、タタタン、タタン、タタタン……規則正しい音と揺れ。合わせる様にバランスを取り立っている。
……、いや、やめとこ。そんなのムリだって。
タタン、タタタン、タタン、タタタン……規則正しい音と揺れ。車窓から目を離し閉じた。瞼をしっかり下ろす。眉間にシワが行く程に。
……、俺、ムリだよ。そりゃなんとかしたいなって思うけど。見間違い。きっとそうそうなんだ。
自分に言い聞かせると、携帯の音楽アプリをひらく。思いっきり派手でにぎやかなやつを選ぶ。
……、それにさ、あいつも帰ってこないじゃん、ムリ。絶対にムリ……、なんであいつ……、やっちゃったの!そんなに見たいものなのか?やっぱり今朝見たのは……。
裕太は数日前、鉄道ファンと言っていたバイト先の同僚に、それとなくその話をした事を後悔している。
「あそこのグレーチングに五円玉落としたら、切符が手に入るんだってよ」
◎〜 チャリーン
あ!五円玉落としちゃった。美奈子は足元のグレーチングに目をやった。歩きながらふと思い出し、ワリカンのやつと、財布から小銭を取り出した時のこと。
「あ!落ちちゃった!お金払っちゃ、だめだって、どうすんの?切符買っちゃったじゃん」
チャリと当たる音と共に、隙間に落ちていった五円玉。
「なに?やだ!どこのよ!五円なんかで買えない」
「この下にね、駅あるんだってよ、戦前のだけどね、昔の大昔のふるーいヤツ。今は封鎖されてる、ここにお金を入れたらそこの切符が……」
脅かす様に話しをする美奈子の彼、裕太。
「あは!昔の切符って紙のやつ?そんなのあったって、自動改札通れないじゃん」
笑い飛ばす彼女。そうだな、改札ってのがあるか……、二人は話をしながら駅に向かう。そして別れる。美奈子は電車、彼はバスで家に向かうからだ。
「また明日学校でね!」
「おう!じゃまたな」
駅舎が口を大きく広げて、来る人を飲み込んでいる。そこから背を押されるように出てくる人々。その波に乗り、美奈子は裕太の前から消えた。
タタン、タタタン、タタン、タタタン……規則正しい音と揺れ。合わせる様にバランスを取り、立っていたあの日を思い出す。
ゴウ!
「え!今の!」
裕太は長方形のドアの窓にへばりついた。一瞬だけど、何かが、ちらりと見えたのだ。
ドキドキとしていた。慌てて窓から離れ、空いていた座席に座ると、携帯を取り出す。音量を上げて目を閉じた。
……、駅あった、あったよ!駅みたいな壁の隙間……、隙間みたいなところから……うん、そうだよ、調べてもそこには、ちゃんと駅の遺構ってのがあるんだから……見えるってのも普通の話だし。鉄オタなら見たいために必死になるってバイトのあいつから聞いた。
赤いスカートに、白い上で、帽子被ってて、あの日の格好じゃん。でも一瞬でどうして見えた?それに……
笑ってた?表情なんて見えるわけないのに。
通学鞄を膝に置き、俯せる。そのままの体勢で次の駅で降りる迄、カタカタと震えていた。それから裕太はドア近くに立つのは止めた。
タタン、タタタン、タタン、タタタン……規則正しい音と揺れ。何も変わらぬそのリズム。
裕太は今朝、ある事を確認をしようと、敢えて入り口ドア近くに立って外を眺めた。そこで見えた。カメラを首から下げた知り合いが、こちらに向かい手を振っていたのを……。美奈子が嬉しそうに一緒になって、裕太を見据えて手を振っていた姿、一瞬の時に、脳裏に飛び込んで来た。
焼付き残る光景。それは一日たっても消えず、それどころか裕太の中で、大きく膨らみ生きている。
……嘘だろ!お前そこに行ったんだったら、連れ出してくれないのか!
タタン、タタタン、タタン、タタタン……規則正しい音と揺れ。
……、考えちゃだめだ。俺はなんにも出来ないのだから……。それに、落としたからって、必ず行ける訳でもなさそうだし……。それに気のせいだ。そもそも、美奈子が、一年前の姿のままで、いるなんておかしい。絶対におかしい。
タタン、タタタン、タタン、タタタン……規則正しい音と揺れ。やがてそこを通り過ぎる。今日は背になるよう座れたから、不自然にくの字になるように、身体を折りうつむかなくてもいい。
裕太はグレーチングが苦手だ。歩道に時々にある鈍い銀色のそれ。歩いていても避けて通る。溝蓋だけではない。街の中には地下鉄の通気口に使われている、それもあるのだ。
耳をすませば音が聴こえるというそれ。裕太は絶対にその上を避けて通る。
試しにその上でしゃがみ込み、耳をすませてみよう。
ゴオオオオと走行音が聞こえるそうだ。
試しにその上でしゃがみ込み、耳をすませてみよう。
うふふ、ハハハ!ウフフ、あはは!くくくく、ぎゃははっはっ、キャハハ!、ひーひひひひ!キヒヒヒ!エヘヘ……。
笑い声が聞こえるそうだ。それはそれは楽しそうな。
試しにその小さな長方形の穴に、立ったままで、五円玉を落としてみよう。買えるかどうかはわからない。
さあ……、チャリーんと。ほら……。試して。
◎〜 。
ホラー難しいですねー。あんまり怖くないのです。書いてて楽しいのですが。お付き合い頂きありがとうございます。
ちなみに某駅とグレーチングの入り口は、この世にきちんと現存しております(^o^)/。チャリーン◎〜。




