【Qatar Royal Soap(カタール・ロイヤルソープ)】
騒々しいくらいのサイレンを鳴らして、沢山の消防車がやって来て消火活動が始まった。
一応消防にはアルミニウムの化学反応が原因の火災だと伝えていたので、水を使わずに消火剤を撒いているが、消火作業が始まった途端更に火の勢いが増した気がする。
「大丈夫か……奴ら」
「テルミット反応による3000度近い温度だ、最初はいくら化学消火剤を掛けたところで熱により蒸発してしまうだけだ」
1500度から始まったテルミット反応は、反応時間が長くなればなるほど、繰り返される化学反応によって温度が増して行く。
3000度は少しオーバーかも知れないが、今時点で優に2000度は軽く超えているはず。
消防隊の人たちには申し訳ないが、どんなに優秀な消火剤を掛けても燃やされてしまうだけ。
だが効果が無いわけではない。
消火剤は燃やされてしまうが、元々可燃性の物ではなく不燃性の物だから、エネルギーを奪う作用がある。
諦めずに掛け続ける事で徐々に化学反応の力を弱め、おそらく2日目くらいには1000度位まで温度は下がりテルミット反応自体が治まり、そのころからようやく化学消火剤の威力が出て来始めるはずだ。
俺たちは森の反対側から回り込んで、上の道路に出た。
道路には沢山の警察車両とDGSIの車が止まっていた。
「ようナトー。やっぱりお前さんの仕業か!」
俺を見つけたパリ警察のミューレ刑事部長が声を掛けた。
「俺じゃない、トーニだ」
「トーニが!? へぇ~ナカナカやるじゃねえか」
ミューレは面白そうにしていたが、そこを面白がっていると消防隊員に怒られるぞ。
「工場に居た奴らは、そいつ等か?!」
DGSIのリズがやって来て俺に聞く。
呑気なミューレと対照的にピリピリとして、いつになく神経質な声。
「何の組織か知らねえが、ナトーにかかったら、こんなもんよ」
ミューレが我ことのように自慢するが、リズは見向きもせずに縛り上げていた一団の中に入って行き何かを調べ始めた。
「けっ、職務に忠実なのは良いが、逃げる訳じゃねえからワザワザここで調べなくても、この一生に一回見られるかどうかの火事場見物でもしてりゃあ良いのによっ」
確かにミューレの言う事も分る。
こんな山道で、しかも夜とは言え火事のせいで景色はまるで昼間。
しかも周り中警官だらけなのだから、彼等がどう足搔いたって逃げられはずはない。
「リズ、御苦労様!」
「……」
通りかかったエマが声を掛けるが、リズは振り向きもしないで捜査を続けている。
「あら、どうしちゃったのかしら……」
「ちょっと小耳にはさんだんだが、奴らは国際的なテロ組織らしいじゃないか。そりゃあ、そのフランスでの拠点を外人部隊とDGSEにブッ潰されたんじゃ、国内の治安情報を管理する目的で組織されたDGSIとしては、せめて事後の捜査ででも挽回しないと面目丸つぶれだろうぜ」
確かにミューレの言う通り。
だけど今日、一言二言しか話をしていないがリズの表情や声を聞いて、それだけでは片付けられないような妙な不安を感じてしまった。
「じゃあ、その国際的なテロ組織を潰した私たちは英雄ってことになるのね。パリのテロを救った後、今度はもっと大きな組織を潰す。もう今回ばかりは安い勲章なんかじゃ誤魔化されないわ」
「そりゃそうだ、フランス政府は俺たちに今の10倍の給料を払ったうえで、特別な対テロ組織を立ち上げる必要があるな」
「あらトーニ。あんたもタマには良いこと言うわね。それで組織名は何にするの?」
「Direction Générale de la lutte contre le terrorisme略してDGLT、“テロとの戦いのための総局”って所だな」
「DGLT凄い好いじゃない!どうしたの?テルミット反応で敵を蹴散らした後も冴えわたって、どこかで頭を打った?それとも熱でもあるの??」
エマがトーニのおでこを触る。
「熱なんかねえよ! 隠していた潜在能力を少しみせたまでだ!」
トーニがエマの手を払い、エマを見つめる。
「ところで、みんなと話したんだが……」
「なに?」
「れいの石鹸の事なんだけど……」
「まけろ、って言うの?」
「いや、そうじゃなくて。石鹸1個じゃ悪いから、参加した隊員たち1人1個ずつ出そうって事になったんだが、どこに売っているんだ?その、カタール・ロイヤルソープって言うヤツ」
「えっ!本当?」
「ああ」
「売ってくれるかどうかは、私がカタール政府に聞いてみるけれど、いいの??」
「ああ、いいともさ」
「ありがとう。じゃあ手配しておくから、お金の方は用意しておいてね」
「いいけど、1個いくらだ?100か200か?」
「ちょっと待って……」
エマが嬉しそうに携帯を確認して答える。
「じゃあ、1人2,800ドル用意しておいてね」
「OK……2,800!??」
「10個以上だから、少しは安くなるように交渉してみるけれど、逆に高くなるかもしれないから、少しは余分に用意しておいてね」
「おいおい、石鹸1個の値段だぜ!」
「そうよ。1個2,800ドル」
「なんで石鹸1個が、そんなに??」
「価値観と手間の問題よ。ありがとうねトーニ」
そう言うとエマは大喜びで、どこかに行ってしまった。
「おい、ナトー助けてくれ~」
俺も石鹸1個が2,800ドルもする事に驚いたが、約束したのは仕方がないのでトーニの肩を叩いて一言だけ言った。
「頑張れ」と。
夜の闇に青い炎が美しい夜だった。




