【illusion①(幻影)】
「まだ脱出できていなかったのか?」
「だって、無理に抜けだそうとすると、服が破れそうなんだもの」
まったく、この非常時に呆れた理由。
確かに2度目の水蒸気爆発で巻き上げられた残骸で、綺麗に抜け出すのは難しそうだ。
メントスが直ぐに鉄くずを外し始めるが、時間が掛かりそう。
「エマ、それは誰の服だ?」
「あっ、そう言えば、これ私のじゃない!」
気が付いたエマは俺とメントスの2人で圧し掛かっている大きなパイプを除けてやると、さっき迄の躊躇いが嘘のようにバリバリと敷き詰められた残骸を掻き分けるようにして、あっと言う間に閉じ込められていたパイプラインから抜け出した。
「酷いな、僕の服がボロボロじゃないですか」
そうか、エマはスーツだったから、メントスの服を借りて来たのだ。
だったらメントスは……?
エマと俺が、同時にメントスの姿を見る。
トーニを手伝って鉄くずを集めた為に真茶色に染まっているが、上着は元々上等な生地の白いシャツで、下はよく見るとスカート。
「あんた、私の服を勝手に!」
「パンツ一丁じゃ、助けに来られないでしょ」
ちょっと不貞腐れたメントスが反撃するとエマが「男のくせにスカート履いて」と罵ったが、メントスの方も「スコットランドの民族衣装と思えば何でもないです。それにしてはダサいスカートですが」と反撃した。
確かにメントスの服を取ったエマが悪い。
それにしても、エマより10㎝も背の低いメントスが履くと、ミニスカートが普通のスカートに見えるのが不思議だった。
「さあ、降りるぞ!」
階段室に入ると、下からハンスの叫ぶ声がした。
「ナトー何をしている!あとはお前たちだけだからサッサと降りて来い!」
「了解!これから降りる」
この短い間に、屋上と4階に居た敵を全て降ろした行動力はさすがだ。
「さあ俺たちも急ごう!」
3階の踊り場を過ぎたとき、2階の通路に差し掛かったハンスと出会う。
さすが、こんな時でも迎えに来てくれた。
「ヤッホー!ハンス君」
遅れた原因を作ったエマが悪びれず、ハンスに手を振る。
もっとも、ヘリと偽ミヤンに気を取られて、エマに気が付かなかったハンスや俺にも落ち度はある。
その時3度目の爆発が起きた。
爆風で2階の壁が吹き飛ばされ、3階の階段の下の部分が抜け落ちエマとメントスが下に落ちた。
俺の足元も崩れたが、担いでいた死体が何かに引っかかり、俺は死体に掴まる形で落下を免れた。
「ハンス!エマたちが落ちた!!」
咄嗟にハンスに報告したが、そのハンス自体爆発で吹き飛ばされた瓦礫の直撃を受けて頭から血を流し、気を失っていた。
体を振って、安全な所を探して飛び降りる。
「エマ、メントス、大丈夫か?!」
「足を挫いたみたいだけど、私は大丈夫だけどメントスは動けないみたい。そっちは?」
「俺は大丈夫だが、ハンスが爆風に吹き飛ばされた瓦礫の直撃を受けて、脳震盪を起こしている様だ」
直ぐにモンタナとフランソワが駆けつけて来た。
「軍曹、俺たちはエマとメントスを運びますので、隊長をお願いします」
「分かった」
俺は倒れているハンスを担ぎ、階段を降りようとした足を止めた。
死んだとはいえ、この男を残してゆく訳にはいかない。
「ハンスを安全な所に送ったら、必ず迎えに来る」
“戦場に誰も置き去りにしない”
自分に言い聞かせて、足早に階段を降りた。
「軍曹、こっちです」
ブラームに言われて付いて行くと、ビルの裏側の森の中に大勢の人だかりが出来ていて関係者全員が集まっていた。
逃げ遅れたのかニルス少尉とキースが倒れていた。
「ハバロフ!ハンスに包帯を巻いてやってくれ」
「はい。軍曹は?」
「俺は、敵の司令官を連れに戻る」
「でも、死んでますぜ!」
モンタナとフランソワが、そう言って止める。
「駄目だ、ナトー。もう一回爆発が有れば、建物は崩れちまう」
トーニも止める。
「隊長も気が付いたら、止めるはずです。だから止めて下さい」
「ナトちゃん行っては駄目!」
「軍曹!」
皆が俺を止める。
「すまない。既に約束して来たから、行かないわけにはいかない。いいか、俺は行くが誰もここから離れるな。これは分隊長からの、命令だ!」




