【Goodbye, he didn't say his name.①(さよなら、名前を言わなかった彼)】
振り向くと、そこにはこの男の脱出を助けに来たはずの、あのヘリがいた。
さほど遠くないとは言え、ヘリからこの距離で当てて来るとは……。
ヘリは、用を追えたと言うように、急に向きを変えた。
まだ開けっ放しの扉には、やはりあのミランに似た男が銃を持ち、そして俺を見ていた。
“ミラン? まさか……”
前に見たときと同じ。
赤十字の医師がこんな所に来るわけが無いし、難民キャンプに居た時だってミランが銃を撃つ所なんか見た事も無い。
だいいちミランは銃も持っていなかったし、何よりも暴力的な事が人一倍嫌いだった。
一度目は旋回するヘリで、二度目は500mほどの距離。
正確に人の顔など識別できるはずもない。
「おいっ大丈夫か!」
一瞬ミランの事が脳裏をよぎったが、今一番大切なのはミランに似た人物の事ではなく、目の前で撃たれた偽ミヤン。
「どこをやられた!?」
触った手に生暖かい血がべっとりと付いた。
「メントス!!」
思わずここに居ないはずの、衛生兵のメントスの名前を大声で叫ぶ。
するとどう言う訳か、閉められていた防火シャッターの開く音がしたかと思うと「軍曹!」と叫ぶメントスの声がした。
トーニがまたテルミット反応で防火シャッターを壊して開けたのかと思ったら、どうやらハンス、ブラーム、モンタナ、フランソワたちの怪力と知恵を合わせて鍵を壊して明けたらしい。
メントスは血相を変えて俺に大丈夫か聞いて来た。
「俺じゃあない。撃たれたのはこの男だ」
「ミヤン!?」
男の顔を見た皆が驚いて、足を止める。
「似ているが別人だ、さあ早く手当てを!」
「あっ、はいっ!」
肩に掛けた鞄から、治療用具を慌てて広げるメントス。
「誰に撃たれた!?」
「向こうのヘリ!」
指さした方向に、まださっきのヘリがそのまま居た。
「ヘリを狙え!!」
ハンスの声と共に、幾つもの銃声が響く。
「逆方向からですが、ミヤンと同じ個所ですね……」
傷を見たメントスの言葉が、絶望的な響きに聞こえた。
内臓を貫通した傷は、両側から止めどなく違溢れ、傷口を押さえても止まることは無い。
「すまねえな……まさか、助けに来たはずの仲間に撃ち殺されるとは思っていなかった」
偽ミヤンが苦しい息の中で喋る。
「なあ君は一体誰なんだ?もちろんナトーと言う名前は知っているが、それは本当の名前ではない。だから俺たちはダーク・エンジェルと言うコードネームで君のことを呼んでいた。名付け親はこの俺。ナカナカ良いセンスだろ」
“ナトーが本当の名前ではない!?”
傷口を押さえていた手の力が一瞬緩んでしまった事に気が付き、慌てて強く押さえなおした。
「もう、喋るな。痛むか? 今は治療に専念しろ」
偽ミヤンが、少し苦しそうに目をつむる。
治療に当たっていたメントスが俺の方を向いて、首を横に振り鞄からモルヒネを取り出し、それを男の腕に注射した。
「俺の名はナトー。それしか知らない。君の名前を教えてくれ」
恐らく捕虜にした組織の連中に聞いても、彼の名は分からないだろうと思った。
だからモルヒネで朦朧となっている今、この男から情報を得ておかなければならない。
「俺の名か……君は俺の事をなんて呼んでいた?」
俺の質問の意図を知り、男がはぐらかして笑う。
死に行く者から情報を得ようとするのは酷だと思い諦めた。
「Fake Miyan(偽ミヤン)」
「Fake Miyan? 酷いな。軽く死にたくなってしまった」
男がチョット驚いた顔を見せて愉快そうに笑った。
「すまない。俺には君みたいなセンスが無い」
「いいよ。俺が君の部下だったミヤンに瓜二つだと言う事は知っていた。でもせめて“Revived Miyan(復活のミヤン)”くらい付けて欲しかったな」
「Dark Angelはセンスが良いと思ったが、それはダサいな」
「ああ、俺もそう思う……」




