【With fake Miyan②(偽ミヤンと)】
しばらくして奴が顔を出した。
パイプを踏むように立ち、はじめは真剣な目で俺を見ていたが、直ぐにニヤッと笑った。
“やはり俺を落とすつもりなのか……”
だがそれも仕方ない。
俺の中でも、確率的には8対2で、堕とされる方が優っていたのだから」
「軍曹の期待に沿えなくて残念です。まあ、それにしても俺も疑われたものだ」
そう言うと奴は、チラッと目を横に向けた。
奴の見た方向に目を向けると、そこには限界まで身を乗り出して拳銃を構えるハンスの姿があった。
俺を守るため、奴が変な行動をとったなら直ぐに射殺するつもり。
「頼りになる彼氏だな」
彼氏ではないが、頼りになるのは確かだったので否定はしなかった。
「落とすつもりなのか?」
「助けてもらったからには、人間として助ける以外ないだろう。違うか?」
「では、今まで何をしていた」
「今までお前には、ことごとく裏を書かれてきたが俺だって馬鹿じゃない。このビルの端で君を助けるために手を伸ばした瞬間に、また爆発が起きないとも限らないからね。腰に巻くロープを調達しておいた。ほらこの通り」
奴は腰に巻き付けて結んだ、フランス国旗が付いたままのロープを自慢気に見せた。
「階段室の屋根の上に掲げてあったヤツだな」
「そう。よくあの2度の爆発で、飛ばされなかったものだ。さあ手を貸して」
奴は俺の手を強く握り、上に引き上げた。
「わかっているのか?」
「……」
「俺を助けたと言う事が、お前にとって、どのような事を意味するものなのか」
「まあな」
「では何故助けた?」
「自分を見つめなおす時間のため」
「?」
「人生において、たとえ立ち止まったとしても、そう言う時間も必要じゃないか?」
「一流企業に入るために大学で勉強して夢が叶ったかに思えたが、世の中がそんなに甘くは無いってことを思い知らされて辞めた。その後は軍に入ると、戦争の馬鹿らしさが分かった」
「馬鹿らしさ?」
「前にも言った通り、結局戦争と言うものは、戦う人間が居る限り無くならない。人間には戦いに参加してしまう愚か者と、じっと身を潜めて戦いの終息を待つ者の2種類に分けられる。それは戦地での市街戦でよく分かった。俺が射殺した敵兵の武器を持とうとする市民と、持たずに逃げる市民。早い話、この戦いに参加してしまう愚か者の数を減らせれば、戦争はなくなる。そう思い始めた頃、俺の元にスカウトが訪れた。俺が君をスカウトしに来たように。“戦う者同士を派手に戦わせて、戦争のない時代を築こう!”そう言われても、はじめは半信半疑だった。そんなことが本当に出来るのかと思った。現にあの悲惨な第1次世界大戦が終わっても、直ぐに第2次世界大戦は始まり、そのあとも数々の戦争は続いていた。しかし、彼らの原理は的を射ていた」
「的を……?」
「そう。つまり“勝者の居ない戦争”。過去2つの世界大戦では必ず勝者と敗者が居た。もしも第2次世界大戦のドイツや日本のように、戦える若者や資源が無くなるまでお互いの国同士が戦えば必然的に戦う事が出来なくなるだろ」
「しかし、それは」
「そう。君の言う通り、ただの誤魔化しだ。第1次世界大戦の敗北により甚大なインフレと、大きな恨みを抱いたドイツ国民がヒットラーを生み出したように必ず負の反動は起こる」
「これから、どうする」
「ゆっくり考えるさ。おそらくその時間は沢山与えられるだろうし、他にする事も無いだろうから」
そう言うと奴は俺に顔を向けて笑った。
偽とは思えない、ミヤンにそっくりな純真な笑顔。
「名前は何と言う?」
「そっちで勝手につけた名前で呼んでくれればいい。例えば俺たちは君の事をダーク・エンジェルと言うコードネームで呼んでいた。俺のコードネームは何だ?」
黒覆面の男、または偽ミヤンと言いかけた時、ヒュンと言う鋭い風切り音と共に奴の体が一瞬ピクリと動いた。
「!」
何が起こったのか理解した直後に、あの厭なパーンと言う銃声が追いかけて来た。
時差約0.6秒。
距離約400~600mからの狙撃。
方角は東。
俺たちの真後ろから。




