【With fake Miyan①(偽ミヤンと)】
風圧で横になった体が、ビルの端まで流された。
何とか足をバタつかせてコンクリートの床に届くことは出来たが、体重の乗っていない足では踏ん張る事も出来ずにただ床の上を滑るだけ。
足元に何か当たったので見るとそこにはさっき迄男が手に持っていた長い鉄パイプがあったので、それを爪先で蹴り上げて手に持ち、崩れた塀の僅かに残った穴に引っ掛けた。
ようやく飛ばされていた体が止まりビルの側面にぶら下がる事が出来た。
屋上から落ちずに済んだが、正直言って悪あがきをせずに、落ちたほうが良かったのかも知れない。
なにせ片手で偽ミヤンを持ち、もう片方の手で引っかけたパイプを掴んでいるだけなのだから。
女の俺の力では、この状態でビルの上に登る事は出来ない。
それに穴に刺した鉄パイプの状態が、どうなのかも分からないから、下手に動くと外れてしまうかも知れない。
「エマー!」
とりあえずエマを呼んでみた。
「ナトちゃん。どこに居るの?助けて―!折角圧し掛かっていたパイプを除けたのに、今の爆発でまた下敷きになっちゃった!」
どうやらエマは当てにならないようだ。
「ハンス、ブラーム!」
直ぐに4階の向こう側の窓からハンスが顔を出した。
「ナトー何をしている、奴から手を離して早く上に上がれ!その体勢では何も出来んし、もし次の爆発が起きれば下に落ちるぞ!」
「この真下には来られないか?」
「残念だが直ぐには無理だ。階段ホールの通路側が爆風で崩れて、そっちには渡れない。だから奴を捨てて登れ!」
「嫌だ。今回は誰も死なせない」
「我儘を言うな!お前が捨てられないのなら、俺が捨てさせてやる」
そう言うとハンスが銃を構えた。
俺は、そのハンスを睨む。
“誰も死なせはしない”
狙いを定めるハンス。
ハンスを睨み続ける俺――。
ハンスが銃を仕舞い「好きにしろ」と言って窓から消えた。
「いいのか、それで」
足元から奴の声がした。
「気が付いたのか」
「ああ、爆風を受けて一瞬気を失ったが、直ぐに気が付いた」
「だったら状況は分かっているな」
「ああ、でも何故手を離さない」
「聞いていたんだろ……」
「ああ」
「いいか、俺には貴様を屋上に持ち上げる力はない。だからお前は俺の体に掴まって自力で屋上に登れ」
「裸同然の、お前の体に掴まってか?」
「裸同然ではない。下着はチャンと来ている」
俺の強がりを聞いて、奴がフッと笑う。
笑われて、正直恥ずかしい。
「お前の柔肌に掴まれば、確かに俺は屋上に登れる可能性はあるが、登った俺がお前を助けると言う保証はないぞ」
「かまわん」
「かまわない?」
「死人が2人出るよりはマシだろう」
「だったら、この手を離せば、死ぬのは俺1人だぞ」
「その場合、俺が殺したことになる」
「だが、殺人にはならない」
「死なせたことには変わりない」
「ふっ……強情な奴だな。しかし、後悔しても知らんぞ」
「何が有っても、後悔などしない」
「さっきの彼氏が、好きにしろと吐き捨てたのがよく分かった」
「彼氏ではない」
冷静に言ったつもりだったが、彼氏と言われて何故か心が熱くなった。
「では遠慮なく体を使わせてもらうぞ」
奴がいきなり俺の太ももに抱きつき、顔をヒップに押し付けて来た。
「格闘技オタクにしては、太もももヒップも柔らかいな」
「余計なお世話だ」
そして奴の手が腰を抱き、更に胸を触る。
ワザと触った事くらいは、直ぐに分かったが、今その事に余計なリアクションをしているだけの余裕はない。
「デカいな!」
「黙って登れ」
「スタミナが落ちて登れない。塩分が必要だ」
奴はそう言うと、事も有ろうか俺の首筋をペロリと舐めた。
「耳は感じるのか?」
「止めろ、臭い息を吹きかけるな」
奴を持っていた手が自由になり、今は両手で鉄パイプを持ってはいるが、動けない事には変わらない。
それをいいことに奴は俺のヒップに頬を擦りつけ、胸を揉み、首筋を舐めて、耳に息を掛けた。
なんて酷い奴なんだ。
こんな事ならいっそのこと、手を離した方が良かったのかも知れない。
最後に奴は俺の頭を踏み台にして、屋上に上がった。
あとは奴の出方を待つだけ。
特に奴を信じたいと言う気持ちもない。
生まれたばかりの時に爆弾テロで両親を亡くし、俺自身も瓦礫の下に埋もれていた。
ハイファに助けられなかったらその時に死んでいた命だし、ハイファが死んで5歳の時から戦場を駆け回っていたのに20歳まで生きて来た。
今更、どのような死が訪れようと、何も後悔はない。




