【Steam explosion①(水蒸気爆発)】
ズボンのホックを外した。
奴は裾と腿の部分の生地を掴んでいるだけだ。
予想通り直ぐにズボンは脱げて、奴の束縛からも逃れる事が出来た。
こうなれば、もう俺のもの。
奴の伸ばされた手を取り、その腕を両足で挟むと簡単に腕ひしぎ十字固めの体勢に持ち込んだ。
当然相手は強力な握力の持ち主だから、腕力には相当な自信を持っているだろう。
少しでも時間をかけてしまうと、たかが60kgの俺の体など腕一本で持ち上げられてしまうかも知れない。
そうなると、腕ひしぎ十字固めは決まらないし、今度はまた不利な体勢に持ち込まれてしまう。
だから腕を取ると、一気にブリッジをするように体を仰け反らせ、一瞬の間に関節を抜いた。
「あーーーーーっ!!!」
奴が甲高い悲鳴を上げる。
身悶えするほど痛いのは分かっているから、直ぐに起き上がりざまに頭に蹴りを入れて寝かせた。
「今の悲鳴は何だ!?」
「ダークエンジェルに、やられたようです!」
「撃て撃て!」
部下の男が闇雲に自動小銃を連射した。
勿論、その時には俺はもう弾が当たらない別の場所に移動していた。
濃かった水蒸気の霧が急に掻き消され、上空からヘリが降りて来る。
カンカンカン。
エマの撃つ銃弾が弾き返される音が響く。
“ヤバイ!!”
このままでは、まんまと逃げられる。
そう思った瞬間、体がふわりと浮いたと思うと猛烈な勢いで吹き飛ばされていた。
“水蒸気爆発!”
トーニは大量の錆び鉄とアルミ屑を使いテルミット反応を起こさせていた。
次にそれに水を掛け、大量の水蒸気を巻き起こし、ヘリの着陸を阻止した。
空から見れば、単純に消火作業をしているように見えただろう。
だから、ヘリも一応用心深くだが着陸を試みた。
しかし、トーニの狙いは、その後。
つまり化学反応で起きた火災には、本来水を掛ける事は禁物。
なぜなら溜まった水の中に1500℃の鉄の塊が流れ込む事で、一気に高温に晒された水は水蒸気になる過程を飛び越えて一瞬で気化してしまい、その圧力で水蒸気爆発を起こす。
凄まじい爆風を受け止める格好になった屋上の塀が吹き飛ぶように崩れた。
ヘリも吹き飛ばされはしたが、墜落はだけは回避できた様で、バランスを失いながらも何とか空を彷徨っていた。
「エマ、大丈夫!?」
「大丈夫だけど、大丈夫じゃない!」
エマの無事を確認すると、彼女は爆風で破壊されたパイプに挟まったらしく動けない状態だった。
「今助けに行く!」
「嫌よ!」
「嫌??」
「怪我はないから、私の事は後回しにして、自力でも何とかなりそうかも。それよりも先に!」
「分かった」
エマがそう言うのなら従おう。
確かに今は偽ミヤンを逃がさない事が肝心だ。
水蒸気爆発の後、更に猛烈な蒸気が立ち込めて見通しが利かないばかりか、外気温も上がりまるでサウナ状態でシャツが汗と湿気で肌に張り付く。
「軍曹、よくも俺の邪魔をしてくれたな……」
白い闇の中から奴の声がする。
「どうした、返事を忘れたのか? それとも爆風で煽られて、怪我でもしましたか?」
1回目の声と、2回目の声の位置が若干ズレている。
距離は掴めないが、大まかな位置は分かる。
恐らく奴も俺の大まかな位置を知ろうとしているに違いない。
返事をすれば、そこに銃弾の雨を浴びせに掛かるはず。
それよりも気になるのは、もう1人の存在。
こっちの方は、俺が動き回るのを待っているに違いない。
「どうした。怖気づいたのか? 掛かって来いよ。俺の位置はもう分かっているんだろう?」
そして奴が喋り続ける訳は、俺の位置を知るため以外のもう一つ。
仲間の気配を隠すため。




