【Battle on the Rooftop③(屋上での戦い)】
ここで敵を逃がすわけにはいかないし、ここで倒されるわけにはいかない。
反目し合う組織や国家を焚きつけて、武器を売るためにお互いに戦えなくなるまで戦わせ、そこから初めて平和が訪れると言う組織。
ザリバン高原での死闘を仕組んだ黒覆面の男、偽ミヤン。
あの戦いでは我々多国籍軍側で300、ザリバン側で500を超える人の命が、わずか2日間の戦闘で失われた。
偽ミヤンはこの戦いの先にあるものこそが真の平和だと言ったが、恨みを残した状態での平和は、つかの間の物でしかない。
「もう一度来るわよ!」
エマに言われて、空を見上げると、射手を変えたヘリがまた向かって来た。
空を飛ぶヘリから見れば俺たちは、まるで動かない的。
それが地上から見れば、凄いスピードで動き回る的なのだ。
さっきは旨くいったが、今度は殺してしまうかも知れない。
タタタタタ。
敵の打つ銃弾が波のように近づいてくる。
タタタタタ。
俺もフルオートで撃ち返す。
だが狙ったのは、人じゃない。
エンジン。
ドンという鈍い音が微かに聞こえたと思うと、ヘリは弾を避けるように急旋回した。
横腹を見せた左エンジンから白い煙が尾を引いていた。
おそらく、もう敵のヘリは俺たちを襲ってはこない。
彼らは着陸に専念するだろう。
アグスタウエストランド AW139は2基のエンジンのうち1基が故障したとしても、なんら飛行に不都合は生じない。
だからヘリは故障したエンジンを俺たちのほうに向けて、着陸すれば何の問題もないというわけだ。
「トーニ、まだか!?」
「いようナトー。長らくお待たせしたな。花火の時間が始まるから作業現場と反対側に隠れていてくれ」
「OK!」
屋上のパイプラインの陰に身を隠す。
ヘリが屋上に向かって、ゆっくりと近づいてくる。
急にボーっという音が出たかと思うと、瞬く間にゴーっという音に代わり、青い火柱が上がり、驚いたヘリのパイロットは着陸態勢を解き急上昇した。
「いいぞトーニ。だがテルミット反応だけだと効果は限定的だ」
「分かっていますよ軍曹。これは単なる御挨拶。もう少し待って下さいな」
トーニが電話を切ると、今度は消火栓で火を消しているらしく白い水蒸気と熱風が来た。
「水蒸気で視界を悪くして、ヘリの着陸を妨げる作戦ね」
「ああ。でも、それだけでは無い。エマ、なるべくビルの端には近付かないように、そして出来るだけ身を低くしておいてくれ」
「いいけど、何かあるの?」
「この水蒸気は、なにかを起こすための物だからな。旨く行けばだが……」
「何かって?」
エマの問いに答えてあげる暇はなかった。
意外に早く、その時は来そうだ。
大量の水蒸気で視界が悪くなったのを見て、俺は階段室に隠れた敵を目指して走った。
「ナトちゃん!」
俺の行動に気づいたエマが止めようとした。
だが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
時間は限られている。
屋上で敵と格闘戦になれば降りてくるヘリからもそうそう攻撃は出来ないはずだし、偽ミヤンたちを取り抑えてしまえばヘリも無理に危険を冒して降りて来る事も無いだろう。
物凄い水蒸気のために視界はまるできかない。
おかげで敵は俺の接近に気が付かなくて銃を撃ってくる事も無いが、俺にとっても全てが好都合と言う訳ではない。
これだけ視界がきかないと、足元は当然の事ながら、敵がどこに居るのかさえ分からない。
迂闊に自分が倒した敵に躓いて、敵に発見されでもしたら滑稽で目も当てられない。
濃い水蒸気の霧の中、用心して進む。
「一体なんだ、この水蒸気は?ちょっとお前見て来い」
「ですが、ダークエンジェルが……」
「奴だって、こんな視界の悪い中では動き回る物か!さあ、サッサと行ってこい」
「ハッ!」
話し声だけ良く聞こえた。
聞こえないように、ヒソヒソ声で話していたに違いないが、この水蒸気の中ではどんな小さな声や音も聞こえてしまう。
なぜなら水は空気よりも音を良く伝え、空気中の水分が多いほど、音は良く伝わるから。
先ず、様子を見に来た男から片付けることにした。
濃い霧の中、後ろから密かに近づいて首に手を巻き付けて絞めた。
身長は俺くらいしかないがガタイはいい。
さすがに偽ミヤンと共にヘリで脱出するだけあって、直ぐに背負い投げで返された。
すかさず奴が蹴りを放つが、俺は低い体勢から脚を払い相手のバランスを崩し、逆に投げを放ち倒した。
そのまま上から膝を落として止めを刺すつもりだったが、相手がシャツに装着したホルスターから拳銃を抜いたので、急遽止めを刺すことを止め抜いた拳銃を蹴り飛ばす。
普通なら蹴り飛ばされた拳銃に目が行くものだが、こいつは違った。
何と拳銃を握っていた手で、俺の足首を掴みに来たのだ。
足首を持たれたのなら体を捻って外すことも出来るが、結果的にそうなったのか、あるいは意図的なのか奴はズボンの裾を掴んだ。
そうとう握力が強いらしく、体を回転しても奴の手は外れず、逆にズボンの裾が絡まった俺の方がバランスを崩して倒されてしまった。
関節技なら未だ何とかなるが、このままでは俺が関節を取る前に寝技に持ち込まれる。
慌てて離れようとするが奴は掴んだ裾を離そうとせず、その裾を強引に引っ張り俺を手繰り寄せようとする。
このまま寝技に持ち込まれたら、体重差で身動きが取れなくなる。
寝技はそのまま締技や関節技に移行できるが、それを狙ってくれれば逆にこちらからも同じ攻撃を狙えるチャンスは訪れる。
だが単に寝技で固定された場合は、ジワジワと体力だけが奪われてしまう。
蛇に巻き付かれた獲物のように。
こいつは恐らく、その蛇のタイプ。
絡みつかれたら時間と体力を奪われる。
“どうする?”




