【Battle on the Rooftop②(屋上での戦い)】
屋上に居る5人から先ず片づけたいが、戦場でない以上、相手をむやみに殺すわけにはいかない。
人間という生き物は、実に急所が多い。
だから実際には殺すよりも、殺さずに確実に生かすための狙撃の方が難しい。
だからと言って弾をかすらせた程度では相手に反撃される恐れもあるので、反撃されないように、しかもなるべく後遺症が残らない箇所を狙いたい。
格闘戦を挑むには視界が開けすぎていて、距離もある。
奴らは余り階段室から離れていないので、撃てたとしても1人か2人。
あとは直ぐに階段室に隠れてしまう。
そうこうしているうちにヘリからも攻撃されるだろうから、これは結構しんどいことになりそうだ。
考えていても時間は稼げない。
だから直ぐに行動に出て銃を撃った。
案の定2人は倒せたが、偽ミヤンを含めた3人は階段室の陰に隠れてしまった。
そして、空からの敵の攻撃準備が整っているらしい。
背後に人の気配を感じて慌てて振り向いた。
屋上に味方は居ない。
居るとすれば、それは敵。
迂闊だった。
幸い背後の敵との距離は近く、敵もいきなり銃を撃ってこなくて、ただ持っているだけ。
振り向きざまに、敵の銃で撃たれないように、上から抑えハンマーに指を掛けて抜いて奪おうとした時にようやく気が付いた。
「エマ!」
「1人で上がったのはいいものの、少しお困りのようですね」
「どうしてここに?」
「ハンスが、ついでに上がっておけって」
「ハンスが?」
「彼、顔には出さないけれど、だいぶ君の事を心配しているみたいよ」
「まさか」
エマが楽しそうに俺の顔を覗き込んできたので、少しだけ赤くなっているはずの頬を見られたくなくて顔を背けた。
「エマは階段室の奴らを頼む。俺は何とかヘリを食い止める」
「OK!でも相手は軍事用にでもそのまま使えるアグスタウエストランドよ。大丈夫?」
「大丈夫。トーニの準備が整うまでの、時間稼ぎだ」
タタタタタ――。
上空に飛来したヘリから自動小銃の射撃音が響く。
タン、タンと単発的に数発ナトーが応戦する音がすると、一時的にヘリからの射撃音が途絶え、空から銃が落ちてきた。
“さすがナトーだぜ”
「てめーら!いつまでもナトーに負んぶに抱っこじゃ情けねえぜ。もっと気合を入れてサッサと運びやがれ!」
「ヤロー調子に乗りやがって!」
トーニの言葉に怒ったフランソワが食って掛かろうとするのを、捕虜たちを安全な場所に移動させて戻ってきたモンタナが止めた。
「まあ怒るな。実際トーニの言う通りなんだから」
「それは分かっちゃいるが、アイツに言われる筋合いはねえ!」
「それよりも今大事なことは何なんだ?」
「分かってらい!コラ、早く進め!」
吐き捨てるように言ったフランソワは、拘束した捕虜を蹴飛ばして急がせた。
ヘリのドアを開けて撃ってきた男の肩を狙って撃つと、男は持っていた銃を手から離してしまい、それが落ちそうになるのを咄嗟に拾おうとした。
“危ない!!”
自分で撃っておきながら、男がヘリから落下しかける姿を見て、思わず叫びそうになる。
しかし次の瞬間、俺は目にしたものに時間を奪われてしまう。
ゆっくりとヘリから滑り落ちてくる自動小銃。
身を乗り出して、落ちそうになる射手。
そして、落ちそうになった射手を掴む背の高い逞しい金髪の男。
“ミラン!?”
ミランと言うのは俺が赤十字難民キャンプに居た頃、サオリと一緒にまだローティーンだった俺の世話を親身にしてくれた人。
フランス語や英語も、彼から学んだ。
“まさか”
そう。
偽ミヤンの次は、偽ミランなどという偶然はあり得ない。
忘れるはずもない。
いや、サオリやミランから受けた恩は、忘れてはならない。
ミランの顔だって、忘れてはいないし、飛んでいるヘリの暗いキャビンの中だって見間違うこともない。
ホンの一瞬だとしても。
「ナトちゃん!何してるの!!」
銃弾の飛び交う屋上で呆然と立ち尽くしていた俺を、エマが無理やり押し倒してくれた。
「ミランが居た」
「ミランって?」
「昔、赤十字でお世話になった医師」
「何馬鹿なこと言っているのよ!相手は、ならず者達よ。そんなところに赤十字の医師みたいに立派な人が居るものですか!」
「でも」
「でもじゃない!確りしなさい!!」
パチンとエマに頬を打たれて、気を取り直した。




