【Thermit Reaction①(テルミット反応)】
ナトーとハンスの状況も分からないまま、ニルス少尉やフランソワたちが防火シャッターで虜になってしまった。
残されたハバロフとキースは、出来る限りの力を振り絞り何とかシャッターを開けようと試みるが、ビクともしない。
手の打ちようもなく、閉められたままの防火シャッターを只ひたすらに叩いているときに、不意に後ろから声を掛けられて慌てて置いていた銃を取る。
「トイレは、使用中かい?」
「トーニさん!!」
立っていたのは、ようやくベスパで辿り着いたトーニ。
カランカラン。
分厚い防火シャッターに阻まれて階段は使えないし、本来あるはずの非常階段はドアだけが残されて階段本体は撤去されていた。
4階に上がる算段をしている時に、敵の方からアイテムを寄こしてきた。
「なによ、今の音?」
「屹度、縄梯子」
「どうする?」
「もちろん、頂く」
「だよね」
「トーニさん、それは何ですか?」
「見りゃあ分かるだろ、錆びた鉄の粉と、アルミニウムの粉」
「どこから、それを?」
「産業廃棄物処理場なんだから、こんなもの幾らでもある」
「……で、何を?」
「まあ見てな」
トーニは2つの粉を混ぜ始めると「ここだな」と呟くと、シャッターの側面2カ所に泥で作った粘土で皿を作ると、そこに粉を入れた。
「キース、煙草は持っているか?」
「はい」
「じゃあ吸え」
「こんな時に、ですか?」
「2本同時に火を付けて、いま作った灰皿に投げ入れるんだ。入れたらダッシュで離れろ」
「はあ……」
キースは言われるまま、煙草2本に火を付けて一口吸った後に泥の灰皿に投げ捨てると入り口の外にいるトーニたちの所までダッシュした。
心なしか背中が熱い気がしたので振り向くと、泥の灰皿の上から真っ青な炎が上がっていた。
火は直ぐに消えたが、傍に近付くと物凄く熱い。
「おい、その赤いのを踏むな。只の火の子じゃねえぜ」
「なんですか、これ?」
「溶けた鉄と、こっちは溶けたステンレス。さあ上げるぜ」
トーニがシャッターの下に手を掛けた。
「トーニさん、無理です。それは僕たちも散々やってみましたが、上がりませんでした」
「そうか?いいから手伝え」
不承不承に、ハバロフとキースもシャッターに手を掛けると、意外にもスルスルとシャッターが上がった。
「なんですか、これ?」
意味の分からない手品の種を2人が聞く。
「今やったのは、テルミット反応と言うヤツで燃焼温度は2000~3000℃。大体の鍵はステンレスで出来ているが融点は鉄より少し低くて1400~1500℃、ちなみに鉄は1538℃な。つまり鍵が掛かっている場所でテルミット反応を起こしてやれば、ステンレスの小さな塊なんぞは、あっと言う間に溶けてしまうと言う訳だ」
「でも、溶けた鉄とステンレスが着いてしまったら……」
「ステンレスは鉄の合金だが酸化被膜を纏っているから、簡単には鉄と着かない」
「はあ~……」
見直した様にトーニを見るハバロフとキース。
「だからこんな奴でも、チャンとLéMATの隊員として務まるっているんだ」
階段の上の方に居たフランソワが降りてきて言った。
「こんな奴とは、なんだ!?」
「まあ、良いって事よ。トーニ、その調子で上のも頼む!」
俺たちが監禁されていた向かいの部屋から音がした。
行ってみると、窓の向こうで縄梯子が揺れている。
足が見えてきて、お行儀の悪い事に、その足が窓も開けずにガラスを蹴破った。
破片を気にしながら、ゆっくりと下半身から部屋の中に入って来る。
最後に手を滑らせて、背中にガラスが刺さりそうになったのを、手で支えてあげた。
「ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
両手で支えていた俺に気付いて、男の顔が歪む。
もっとも歪んだのは驚いたからだけではなく、ハンスのパンチを顔面に食らったからに他ならない。
縄梯子を使って順序良く窓から入って来る侵入者5人を、ひとりひとり順番に片付けて、逆に俺たちがその縄梯子を使って上に上がる。
外の空気に鉄の焼けた匂いが混じっていた。
“テルミット反応”
これを利用すれば防弾仕様の鉄板に守られたシャッターの鍵でも、簡単に溶かして外す事が出来る。
そして、これに直ぐに気が付いて実行できるのはトーニだけ。
意地を張ってベスパで来たに違いないが、遅れて来たからこそ、救世主になれた。
「さあ、俺たちも行くぞ!」
先頭をハンスに頼み、俺はその背中に背負われた。
入って来た5人の目的は、俺達の回収だろう。
高圧アダプターを持っていたと言う事は、スプリンクラーを作動させて俺達を電圧で気絶させて運ぶ手はずだったに違いない。
縄梯子を掛けられた4階には必ず見張りが居るはずで、どんなに注意深く登ろうとしても、体重を掛けた途端に掛けられたフックが引っ張られて音がする。
だから、これを使って登ろうとした途端に、見張りは気が付く。
案の定、もう直ぐ窓に手が掛かる手前で、見張りが窓から顔を出した。
見張りは、ハンスよりも薄目を開けて気絶した振りをしている俺を見て、ホッとした表情に変わり「ご苦労さん」と手を出した。
つまり、作戦が成功したと思ったのだ。
差し出された敵の手を、ゴム手袋をしたハンスの手が掴む。
当然、ゴム手袋に隠し持っているのは高圧アダプターの付けられた、剥き出しのコードの先。
「ありがとう」
手を握った途端、窓から顔を出した男は気絶し、ハンスが握った手でその男を支える。
背中におんぶされた俺は、中を探る。
見張りは2人。
ハンスの背中を踏み台にして、勢いよく手前の男の首に巻き付くように飛び掛かる。
上半身の動きは、予想通り俺に巻き付かれた男が支えてくれたので、反動で振った下半身に弾みをつけてもう1人の見張りのテンプル(こめかみ)目掛けて蹴りを入れた。
蹴り終わった後は、そのまま男との後ろに付き片羽絞めに持って行く。
蹴られた男は気を失って倒れたが、なにせ体重の掛かっていない蹴りなので直ぐに回復して起き上がったが、それもホンのチョット遅れて上がって来たハンスの手に掛かり再び眠りに落とされた。




