【Trackers and fugitives④(追跡者と逃亡者)】
空を見ながら少しのんびりしていると、誰が飛ばしているのか1機のドローンが上空を飛んで行くのが見えた。
俺にも翼があったら……。
正直、空を自由に飛べるものたちを羨ましく思う。
1人片付けたが、俺たちが不利な事に変わりはない。
“まだ?”
エマが小声で催促する。
俺は手を振って“まだだ”と合図を返す。
不利な状況では、焦った方が負ける。
しばらくすると、またさっきと同じ方向に進むトラックの音が聞こえた。
少し間をおいてエマとレイラに射撃の指示を与える。
トラックが通り過ぎた瞬間を狙うこと。
撃つ時間は1秒間。
車の後部に居る奴に、ありったけ銃弾をお見舞いした後は直ぐに身を隠すこと。
そして何が起きても、慌てずに決められた様に動くこと。
トラックがエマたちの前に差し掛かった時、俺は体を起こして全力で道路の反対側に向けて走った。
パパパパパ!
エマとレイラの派手に撃つ音が響く。
目の前まで近づくトラック。
“おかしい、ブレーキを掛けずに突っ込んで来る!”
首を向けずに意識だけを横に向けると、トラックの運転手は携帯電話に夢中で、道路を無理に駆け抜けようとしている俺のことなど全く気付いていない。
車がブレーキを掛けて減速する前提の、ギリギリのタイミングで飛び出したから、これは誤算だった。
“いい?道路を渡るときは、左右の安全をよく確認して渡るのよ”
昔、まだサオリと赤十字難民キャンプに居た頃に教えられた言葉が鮮明に蘇る。
もし、次があるなら、肝に銘じておこう。
そう心に誓い、道路の端を目掛けて思いっきり横にジャンプした。
頭は避けられた。
だが、体の一部……たとえ足首でも当たってしまえば、60m/h以上で走るトラックのパワーが体に伝えられ、強烈な回転運動が始まる。
そうなればどこかの間接部分で体が引き裂かれるかも知れないし、もしもそうならなかったとしても決して無事では済まない。
蹴った足を折りたたむ。
強烈な風圧が俺の体を引き込もうとする。
このまま引き込まれればトラックの後輪の餌食。
下半身が持って行かれて、体が斜めになりそうになるのを堪えて手で地面を掴む。
体中の全ての神経が、今はトラックに最も近い位置にある爪先に集中している。
何かが靴の先端に微かに当たるような感覚。
“避けられなかったのか?!”
しかし、衝撃は伝わってこない。
もしかしたら、もう衝撃など感じないと言う事なのだろうか……。
物凄い風圧と爆音に吸い込まれそうになるのを何とか耐えて、道路脇を転げまわりその下の畑まで逃げ落ちた。
転がって仰向けに倒れた目に見えたのは、あの青空。
さっきと同じ様に雲が悠々と流れ、大きな鳥がその中に円を書いていた。
“ああ、あの鳥はP子ではないだろうか……”
P子と言うのは、ザリバンの首領アサムにターニャと言う偽名で使えていた“交渉人”サオリが飼っていたオオタカ。
サオリの命令は何でも聞きサオリと闘ったときの俺やハンスを襲いもしたが、捕らわれて仲良くしていると、とても人懐っこく甘えてくることもあった。
サオリは今どこで何をしているのだろう。
たしかザリバンとアメリカの和平に向けて動いているらしいと聞いたが……。
タタタタタ。
ボーっとした頭を自動小銃の音が目覚ましの様に鳴り響いた。
随分長い時間ボーっとしていた様に思えたが、通り去っていくあのトラックの音も直ぐ近くに聞こえたので、ホンの数秒も経っていないようだ。
銃声のする方に顔を向けると、約35m先に自動小銃を撃つ2人の敵が丸見えだった。
遮蔽物のない道路脇なので、勿論、丸見えはお互い様。
だが2人共エマたちの居た所に注意を向けたままで、通り抜けるトラックに隠れて道路を渡った俺には全く気が付いていない。
直接銃を向けられていないのに撃つのは少し気が引けるが、俺たちを殺そうとしているので仕方がない。
先ずは気が付かれた時、直ぐに反応できる位置に居る、車を盾にしている奴の右肩を撃った。
パン。
22口径のワルサーP22の発射音は小さい。
「ギャーッ」
撃たれたヤツが悲鳴を上げ、俺の方を振り向いた。
伏せている奴が一瞬仲間を見て、俺の方に向きを変えようとして伏せた姿勢から起き上がり銃を構えようとした。
パパパパパ。
その時エマとレイラが発砲して、俺もその右腕を狙って撃つと奴は無言のまま倒れた。
車の陰に隠れていた奴が左手で拳銃を持ち俺を撃とうとしたので、その左肩を撃つと、またギャーと悲鳴を上げた。
銃で撃たれたとき人の行動パターンは主に3通りある。
一つ目は、気を失うか動けなくなるパターンで、これが最もポピュラーな人間らしい行動。
人は自分の状態と、その結果を予想する能力があるから気を失わなくても、撃たれた事で動く事の危険性を察して安静な状態を保とうとする。
二つ目は、ショック状態に陥り叫び続けるパターン。
これは過呼吸や多出血を伴ってしまい、受けた怪我以外の要因で死に至るケースが高くなり、モルヒネを必要とするパターンだ。
最後の三つ目は、必死で逃げようとするか反撃しようとするパターン。
薬などをやっているか、元々イカレテいる奴に多いパターンだ。
先の2人は既に気絶しているが、こいつは両肩を撃たれていると言うのに、まだ逃げようとしていたので 足を撃とうとして止めた。
3人共命には別状のない様に撃ったし、足を撃たなくても奴が逃げ切れる望みはない。
それよりも意識がハッキリとしているのなら、もうかなり遠くに逃げてしまった仲間の向かう先を白状させる方が得だ。
腕の自由が利かないくせに、必死でドアを開けようとしていた男の襟首を掴んで後ろに引くと、そのまま男は仰向けに倒れてまた悲鳴を上げた。
「どこに逃げようとしていた!」
銃口を奴の胸に押し付けて聞く。
「し、知らない。ただ付いて来いと言われただけだ」
「じゃあ、どうやって俺たちを撃った後、仲間に追いつくつもりだった?!」
「追い付かない。俺たちはお前たちを殺した後は、ただボーナスが振り込まれるのを待てばいいと言われた」
「じゃあこの車は誰の物?まさかこんな高級車をこんな事に使えるほど、裕福じゃないわよね。さあ言いなさい、ボスは誰?」
「ギャーッ!」
エマがヒールで男の肩を踏みつけて聞く。
男は、はあはあと、荒い息を繰り返すだけで答えようとしない。
「女のパンツを見上げながら、だらしなくハアハア息を切らしているんじゃないわよ!この靴のヒールを銃で撃たれて穴の開いた所に押し込んであげようか?嫌なら答えなさい。ボスは誰なの?」
男の返事も待たずに、エマはヒールを傷口に押し込もうとしてグリグリと動かしていた。
「ボ、ボスの名は知らない」
「痩せ型で、背の高い坊主頭の男か?」
俺が聞くと、男は、そうだと答えた。
やはり、あの偽ミヤンだ。




