【Natow in a bad mood③(イライラなナトー)】
「どうだった?」
「どうって、何が??」
「ナトーの様子に決まっているだろうが!」
フランソワの質問に、とぼけた返事を返したトーニに、モンタナが再度質問をする。
「何かあったのか?」
「あの剣幕は尋常じゃねえ」
「俺なんか一番初めだったから、いつも通りだと思っていたから、触る事さえできねえまま……、あの初めて会った時の悪夢が蘇ったぜ」
ハバロフ、ジェイソンの後にボッシュが言ったのは、外人部隊に入隊するために向かうナトーを待ち伏せて追い返すように命令されたボッシュたちが逆にナトーに返り討ちにされた時の事。
「あんときオメーに刺された尻の傷は、まだ残っているんだぜ」
「すまねえ、兄貴」
ボッシュは後ろ向きに腕を捻り上げられたフランソワを助けようと、ナトーの背後からナイフで襲ったが、逆にバランスを崩されてそのままナイフをフランソワの尻に刺したのだ。
「そーいやあ、キースは?」
「あいつは、まだ医務室だ」
「バイクの腕は、元プロライダーかも知れねえが、格闘技は全くの素人だ。デカい図体をしているから、畳に打ち付けられた時の衝撃がデカくなったに過ぎねえからな」
「っつたく、あいつは受け身がなってねえ」
「トーニみたいにサッサと倒れちまえば良いのによー、あいつ踏ん張ってしまうだろ」
「それがいつものナトーなら手加減してもらえるが、今日のナトーは手加減抜き」
「踏ん張った所に、強烈なハイキックを食らったんだから、一般人だったら首の骨が折れているところだぜ」
「まあ、そうならなかったのは、さすがにLéMATの中でも、この第4班に抜擢されただけの事はある。ってところか?」
「違えねえ。担架を奪い合っていた1班から3班の連中なんか、束になって掛かっても秒殺だったからな……」
食堂にはトーニの周りに輪が出来ていてその反対側の隅を、松葉杖を突いたり腕を三角巾で吊るしたり首にハーネスを撒いていたりして包帯だらけの痛々しい様子の数人が小さく背を丸めながらコソコソとセルフの食事を取るために入って来た。
「あいつらだって可哀いそうなもんだぜ。普通の神経していりゃあ、あの回避行動は正解だぜ」
「まったく、ナトーのヤツどうしちまったんだろうな?」
トーニが溜息をつきながら言うと、フランソワがポカリとその頭を叩いた。
「痛えな。何するんだ!?」
「だから、それをお前に聞きに来たんだろうが!」
「なんで俺様に?」
「オメー格闘技が終わったあと、ナトーと話していただろう」
「何か心配事とか言ってなかったですか?」
「誰が?」
「軍曹に決まっているじゃないですか」
「ナトーに心配事なんか……」
そこまで言って思い出した。
パリのテロ計画に一早く気付いたナトーに対してDGSIから組織ぐるみの嫌がらせを受けていても、誰にも相談せずに黙って我慢していたナトーの事。
あの時は密かに追跡していた俺が、たまたま現場を目撃したから良かったようなものだけど、それがなかったらナトーのヤツは惨めな気持ちを我慢し続けていたのだろう。
「あっ、軍曹が来ました」
「みんな散れ、散れ。変に疑われたらナトーと話も出来ねえ」
「俺はじゃあ、ここに座って隣で話でも聞くか」
モンタナが開いていたトーニの隣に座ろうとすると、トーニに怒られた。
「バカヤロー、隣の席にはチャンとトレーが置いてあるだろうが!」
「おっと、すまねえ。そう言えばトレーが置いてあるな。ブラームか?」
「ブラーム?!バカヤロー、ここには可愛い俺の軍曹のために取ってあるんだ」
「えっ!?」
驚いているモンタナを他所に、トーニが席を立って大声を出す。
「おいっ、ナトー!ここ、ここ!チャンと席を取っておいたから」
トレーに食事を乗せ、どの席に座ろうかと周りを見渡していたナトーがその声に反応してこっちに向かってきた。
「早く散れ!」
「ちっ、うまい事聞き出せよ」
モンタナはそう言うと、夕食で混雑する食堂の開いている席を探しに離れて行った。
「ありがとう。いつも席を取っていてくれてすまない」
「なーに、気にするな。さっ、座れ、座れ」
ナトーが来る直前に置いていた空のトレーを自分のトレーの下に片付けていて、開いたテーブルにナトーのトレーが置かれた。
ナトーの取って来た食事は、牛乳とヨーグルト、それにフライドポテトに色鮮やかな野菜サラダに目玉焼き。
「相変わらず、肉は嫌いか?……それで、良くあのパワーが出るもんだぜ」
「俺のパワーなんて知れた所だ。ブラームたちの半分にも及びはしない」
「良く言うぜ。ところでブラームの野郎は、どうした?」
「さっきまで一緒だったが、まだ医務室のキースの所に居る」
「さっきまで一緒だったぁ?あん畜生」
「怒る事でもないだろう」
「まっ、まあヤツは兵長だから、当然と言えば当然か……」
「トーニの野郎、何やってるんだ!早く聞き出せ!」
「あの野郎、いつも偉そうに言ってやがるくせに、いざナトーと二人っきりになったらカラッキシ意気地が無くなっちまいやがって!」
「じゃあオメー聞いて来いよ」
「バカ言うな!きっ、聞けるわけねーぜ」
「迂闊に聞き出そうとして、ナトーの逆鱗にでも触れたら、痣ぐらいじゃすまねえ」
「下手すると、骨の1本や2本……いや、命に係るかも」
「じゃあ、トーニの旦那に任せるしかねーな」
モンタナは、そう言うと、トーニに聞こえるように大きく咳払いをした。
ゴホンッ!!
巨漢のモンタナの咳払いは騒がしい食堂の中でも、一際大きく響き、何事かと思ったのか一瞬食堂が静まり返った。
「とっ、ところでよぉ……きょ、きょうの集中力は凄かったな。な、なにかあったのか……」
「なにもない」
「――あっ、そ、そうか……」
トーニは緊張すると、どもる癖がある。
「だ、だけどよぉ、何もねーのに、あの集中力は……」
「なにか、おかしいか」
「いっ、いや……な、なにも……」
「ゴホンッ」
またモンタナの咳払いが食堂に響く。
トーニの額から汗が零れ、彼は持っていた水を一気に飲み干してテーブルに勢いよく音を立てて置き、腕を投げ出して俯せになった。
「だめだ、なっちゃいねぇ……」
トーニは俯いたまま、今にも泣きだしそうな声で呟いた。
「どうした?」
俯いたまま、顔を上げずにトーニが言う。
「なあナトー。俺たちは生まれた国は別々だけど、生死を共にするほどの仲だよな」
「ああ」
「ナトーも、そうおもってくれて居るのか?」
「そのつもりだ」
「だったら――」
「?」
「だったら言ってくれよ。俺たちに聞かれる前に、何かあったのなら相談くらいしてくれよ。もう、あのパリのテロ騒動の前にDGSIに虐められて、シュンとしちまったナトーの顔なんて俺は見たかなねえ――」
トーニの声は鼻声になって、俯せの顔は見えないが、俺を心配して泣いてくれているのだけは分かった。
しかし言う訳にはいかない。
皆を巻き添えにしたくないから。
あの偽ミヤンが、もしまだ俺に付きまとうとしたなら、次は鉄パイプどころじゃない。
なにしろ俺は奴の顔を見ているし、奴の要求を蹴ったのだから。
「すまない。休日に嫌なことがあって、ムシャクシャしていて心配を掛けてしまった」
言い終わると、食べ終わったトレーを持って席を立った。
歩き出す前に、まだ俯せのトーニ背中を優しく2度叩いて、俺は返却口へと向かった。




