【Natow in a bad mood①(イライラなナトー)】
「おい、ナトーのヤツ今日はどうしちまったんだ!?」
射撃訓練中、双眼鏡を覗いていたトーニが、素っ頓狂な声を上げて驚いた。
「どうした?何か変な事でもあったのか」
隣でフランソワの的の監視をしていたモンタナが、双眼鏡から目を離してトーニに聞く。
「何発も続けて10点に当ててやがる!」
「ナトーの10点ショットは、今に始まった事じゃないだろう」
射撃をしていたフランソワが顔を上げ、くだらないとでも言うような顔をして言った。
「そりゃあ、まあそうだが、今日はその10点の迫力が違う」
「10点の迫力?」
トーニの言葉に、モンタナが双眼鏡を的に向けて「ひぇーっ」と小さく奇声を上げる。
「貸せ!」
フランソワがトーニの双眼鏡をブン取って黙り込む。
「ブラームの奴も、さっきから意識を取られちまってやがる」
「確かに」
「あいつ、小便漏らしているんじゃねーか?まあ、俺だってアレを見せつけられたらブルッちまうぜ」
3人が見たのは、ナトーの射撃観測をしているブラームの顔。
ブラームは双眼鏡を覗いたまま、汗を垂れ流していた。
「どうした?まだ休憩時間じゃないぞ」
訓練を管理していたニルス少尉が3人に注意すると、フランソワがニルスに双眼鏡を渡す。
覗き込んだレンズに移ったのは、少しだけ大きめの穴が1つ空いているだけの的。
「ナトーは7.62mm弾を使っているのか?」
「違う。俺たちと同じ5.56mm弾だ」
「それにしては、やけに大きいな……」
「そりゃあ、1発だけじゃねえからな」
「射撃を初めて何発撃ったの?」
「30は軽く撃っているんじゃねえのか」
射撃を続けるナトーの傍には、空マガジンが1つ転がっていた。
「マジか……」
1回目のデパートでの襲撃は、8人全員が素手だった。
そして2回目の園芸店では鉄パイプなどの武器を持つ者が9人に、元軍人が1人だけが素手で襲ってきた。
昨夜DGSI(国内治安総局)のリズから電話を貰った。
日曜日に俺を襲った10人のうち8人については、前の日にデパートの駐車場でエマと俺を襲ってきた奴ら同様に格闘技系のジムに通うセミプロ。
あとの2人のうち、ヌンチャクを使う東洋人は、元中国人民解放軍特殊部隊『猟豹』出身。
もう1人も元ロシア陸軍特殊部隊『スペツナズ』出身。
2人は拉致されて脅されたのではなく、金で雇われていた。
交渉に当たったのは坊主頭のスラっとしたサングラスの男……偽ミヤンに違いない。
1回目は素手で試され、2回目は簡易的な武器で試された。
そして俺がスカウトに応じない事が分かると、元特殊部隊の兵士を2人出してきた。
刺客のつもりだったのか、ただの時間稼ぎだったのかは偽ミヤンに聞かなければ分からないが、もしも今度また襲われるとすれば銃を使ってくるに違いない。
いつ、何所で、何人が……。
俺は的を睨む。
的の中心には、いつ何所で狙ってくるか分からない未知の敵が居る。
俺に出来るのは、その的から目を離さない事。
撃たれる前に、確実に倒す事だけだ。
窓の外を眺めていた。
ここからは中庭が見えるだけで、今射撃訓練をしているはずのナトーの姿は見えない。
だが、その銃の音は微かに聞こえる。
俺には分かる。
ナトーが、どのタイミングでいつ撃ったかが、まるで目の前で見ているように。
同じHK-416の発砲音の中にあっても、ナトーの撃つ銃の音だけは大きく強く心に響く。
沢山の銃声の中にあっても、規則正しい鼓動で放たれる銃弾が一直線に的に向かって行くのが見えるばかりか、いつにも増して的に集中している事も。
「さっきの話の続きだが――」
しばらくテシューブの持って来た書類に目を通していた将軍が、部屋の外で待っていた俺を呼びに来た。
「はい」
「射撃訓練の音が聞こえるな。早く部隊に戻りたいか?」
「いえ……」
言ってはみたものの、気持ちは既に射撃演習場へ飛んでいたことなど、将軍には丸分かりだろう。
「第4分隊が気になるようだな」
「そんなことは……」
「隠す必要はない。お前が育て上げた、精鋭中の精鋭が集まる分隊だ。無理も無いだろう」
LéMAT第4分隊の前進である、特殊機動部隊は俺がまだ准尉の頃から将軍に命じられて、各部隊の荒くれどもを寄せ集めて作った。
最初は個性が強くバラバラだった。
酒が入ると喧嘩が起き、訓練中でもそれは日常茶飯事だった。
だが今では完璧なチームワークを誇り、どこの国の特殊部隊にも引けを取らない部隊へと変わり、将軍からLéMATと言うチャンとした名前も与えられた。
「さあ、続きをするぞ」
今、将軍と進めている事は、このLéMATと深くかかわること。
その中でも、特にナトーに。
俺は将軍に続いて部屋に入る。
ドアを閉めるとき、もう一度開け放していた窓を振り返ると、1発の銃声が聞こえた。
ナトーの銃声。
その銃声が、何故か俺を呼んでいる叫び声に聞こえた。
ナトーに今何かが迫っている。
その“何か”と、どうやら将軍の話は無関係ではないのかも知れないと思いながら、ドアを閉め部屋に入って行った。




