【Fish's swim in bed②(ベッドで泳ぐ魚たち)】
自分でも何故、女言葉が出たのか分からない。
でも、その事を指摘されると甘痒い感覚が全身を覆い、見透かされているようで恥ずかしかった。
「大丈夫。ここはマンションの高層階だから誰も覗く事は出来ないわ。それにこんな時間に起きている人なんてゲーマーか小説家、それにSEXに夢中なカップルくらいなものよ」
エマの唇が甘く被さる。
甘く痺れるような気持ちのいい感覚が、心の壺から溢れ出し、全身を包む。
やがてお互いに激しく唇を貪るように求めあう頃になると、全身を包んでいた甘い痺れは徐々に脳を刺激し始め、そのたびに体が痙攣するように反応する。
そして最後には頭のドアをガンガン叩きながら、無理やりこじ開けようとする。
俺は必死に、頭のドアを抑えて堪える。
しかしエマの容赦のない接吻は、それを許してくれない。
いつの間にかドアをこじ開けられると、堰の切れた川の水が溢れるように一気に俺の脳に上って来た。
脳の許容範囲を超えた感覚に、何かにしがみついていないと耐えられなくなり、エマの体に腕を回し強く抱きしめる。
その感覚はまるで津波の様に激しく俺を襲うと、第2波第3波と大きさを変え次々に俺の頭に波打ってくる。
最後にはまるで津波が、襲った物や人を海の底に引き込むように、俺の脳を引き込みながら静まって行く。
俺は何も考えられず、何もできないで、その余韻に体をまかせるまま忘れていた呼吸を激しく繰り返す。
「あらあら、今度は私が抱っこしてあげる番ね」
「うるさい」
荒い呼吸の中で微かにそう言うのがやっとだった。
「いい?」
「もう少し……」
今動かされるのが嫌だった。
波はまだ残っていて、それが落ち着くのを待ちたくて、もう少しこのままでいたかった。
「甘えん坊さんね」
エマが、おでこにキスをしてくれた。
俺はエマの首に腕を回し、エマの唇を求めた。
鳥のさえずる声で目が覚めた。
開けっ放しのドアから朝の光と、少し湿った冷たい風、そして卵の焼ける匂いに混じってエマの歌声が聞こえてくる。
楽しそうな張りのある歌声。
俺も起きなければ。
体を起こしかけたとき、何かが光った。
光りを発する物に目を向けると、それはエマの携帯。
時間は7時丁度だが、目覚ましではない。
音もバイブもしないサイレントマナーモードの携帯に、相手のナンバーが映し出されて、エマを呼ぼうとする前に直ぐに消えた。
携帯の光が消えるのと入れ替わりに、メールが届く。
メールには一言だけ“I will receive a dark angel today”と書かれてあった。
“dark angelって誰?”
“本日受け取りますって、一体何?”
パタパタと慌ただしく歩くスリッパの音が近づく。
咄嗟に携帯をもとの位置に戻し、起きていた体をベッドに沈め、何事もなかったように横になり目を閉じる。
目を閉じていてもエマが寝顔をのぞき込むのが分かり、そして顔の上にアーチを掛けるように、その向こうにある携帯に手を伸ばす。
エプロンを押し下げている豊かな胸の感覚が頬に伝わる。
「エマ」
「あっ、ゴメン起こしちゃったね。でも丁度いいわ、もう直ぐ朝食よ」
「ありがとう。じゃあ起きる」
今起きた風に装い、エマの首に手を回し、朝のキス。
口に柔らかなエマの唇が当たり、腰にはエプロンのポケットに突っ込んだ固い携帯が当たる。
「エマ」
長いキスのあと、名前を呼んだ。
偶然見てしまった“I will receive a dark angel today”の事を聞きたくて。
だけど、聞くのを止めた。
「なに?」
いつものように、優しく明るい笑顔が帰って来る。
「朝から艶々だな」
「まあ。お上手ね」
エマが、とびっきりの笑顔を向けて喜んだ。
そう。エマには、この顔が一番よく似合う。
あの言葉の意味を聞いても、エマは屹度答えられない。
決して知らないわけでではないのに”答えられない事”の一つなのだ。
聞くだけ野暮。
また、エマに哀しい顔をに作らせてしまうだけ。
俺は、この笑顔を守らなければならない。
「さてと、お腹が空いた。朝食はなに?」
「オムレツとサンドウィッチ。それにカボチャのポタージュスープに野菜サラダと、ミルク。デザートはマンゴーをミキサーにかけて作ったゼリーよ」
「朝から、そんなに作ったの?」
「そうよ。凄いでしょ」
「凄いよ。絶対良い奥さんになれるよ」
「そうでしょ。私もそう思うのに、男たちは一体どこを見ているのかしら」
「その巨乳」
エマの胸にチラッと目をやって言った。
「あら、巨乳ならナトちゃんだって私に負けないくらいあるわよ」
そう言ってエマが俺の胸を揉む。
「そうか?」
「だって、張りが違うもの」
“若いから”と答えようとして止めた。
31歳のエマは、もう俺の様な20歳には戻れない。
「とりあえず喉が渇いたから、朝のミルクでもいただこう」
急に赤い顔をしたエマが「もう。出るわけないでしょっ!」と俺の背中を叩く。
「えっ!?」
エマの勘違いに気が付いて笑うと、また叩かれた。




