「憂鬱」【ショートショート】
四月の憂鬱さと、もう目の前まで迫ってきている五月雨が私の頬を濡らす。
カッターから滴る血の雫と、廃れかけた静脈を見透かすように雨粒は私を押し殺した。
傘など要らない。使いたくない。
何回も何回も引き裂こうとした自身の心を、私は両手で塞ぐ。
右耳からは机を引く鈍い音が聴こえ、左耳からは私を殴る鈍い音が聴こえる。
膝にこびりついた痣に、私はそっと問いかける。
「君は私の傷を癒すために生まれたのかい? それとも、私の傷を増やすために生まれたのかい?」
内出血の痕と僅かな痛覚を思い出すように、私はそっと自分の傷を舐めた。
血なんてもう出ないのに。
全て洗い流したのに。
私は必死に一ヶ所の傷を舐めた。
まるで、生きる温かみを忘れてしまったコンクリートジャングルの中の野良猫のように。
(終)
※ここから先はエピローグです。
おまけーエピローグー
大きな音を聞くと、私はあの時の悪夢を思い出す。
教室に並んだお人形さんたち。黒板に並んだ数式と外国語と甲骨文字。椅子や机で殴られた感触は自分の腕を切る感触とはまた違った。愛の欠如した冷酷な視線と共に振り下ろされる有機物。
そう、私は醜かったのだ。
醜い醜い忌み子だったのだ。
私の腕の切り傷を見た「大人」とか言う人たちは、「死ぬ気がないのなら生きろよ」なんて大して面白味のない言葉を口々に吐く。
そんな大人にこう言いたい。
死なせたくないなら、生きる理由を教えてくれよ。
少女の言葉は遠く。遠く。儚い泡となってふわりと消えた。