09 気になる視線②
自堕落でだらしがない人は苦手なはずだ。
エリオットという人は、まさにそういう人だと聞いたばかりなのに。
(どうしてかしら?)
シュエットはわりと、人を選り好みするタイプだ。警戒心が強いタイプともいう。
ベルジュネットやコルネーユとも、半年かけて友人と呼べる間柄になった。
そんなシュエットだから、エリオットのことは初見だけで苦手と判断するはずである。
だが、心に浮かんだのはそれを否定する言葉。
わけがわからず、シュエットは首をかしげた。
「でしょう? ああいう男はさ、シュエットみたいなお姉ちゃんタイプの女に守ってもらいたい、優しくしてもらいたいって思っているんだよ。何もしたくないから」
「そうそう。シュエットはしっかりしていて頼りがいがあるけれど、実は世話を焼くより焼かれる方が合っていると思うの。だから、甘えん坊タイプのエリオット先輩は、なしね」
「そうかしら……?」
甘やかしてくれる人よりも、甘えてくれる人との方が相性が良いと思っていたシュエットは、友人たちの言葉を意外に思った。
だって、シュエットは人の世話を焼くことが多い。
すぐ下の妹・アルエットとは年子で、物心つく前から「お姉ちゃんなのだから」と言われ続けてきた。
結果、彼女は自分のことは自分でやって、さらに余力まで捻出して他者の手助けをすることが癖になっている。
(だから、私は甘えてくれる年下の子の方が気が楽なのよね)
シュエットは、甘えることが苦手だ。
幼い頃から頼らない生活を続けてきたせいで、誰かに頼ることがひどく悪いことのように思えてしまう。
本当にどうしようもない場面にならないと、助けてと言い出せなかった。
とはいえ、本当にどうしようもなくなることなんて早々ない。
シュエットはいわゆる器用貧乏というやつで、大抵のことはどうにかなってしまったからである。
おかげでと言うべきか、そのせいでと言うべきか。
誰かに頼みごとをするくらいなら、血反吐を吐いてまでも自分で解決しようとする、クソ真面目で融通のきかない、優等生に育ってしまった。
頼みごとをする時は不本意すぎて、無表情になってしまうかわいげのなさ。
これでは、恋愛結婚なんて望めないだろう。
かわいげのない子なんて、男の子はみんなイヤに決まっている。
自分でもどうにかしなきゃとは思っているのだが、何から手をつけていいものか。
友人たちに助けを求めようにも、助けての一言さえ言えないでいる。
「私、甘えるより甘やかす方が得意だけれど」
だからせめて、得意だと思える世話焼きで挽回しようとしたのだが、結果は不名誉なあだ名である。
(女家庭教師、なんて……)
クラスメイトの男の子から初めてそう呼ばれた時のことを思い出して、シュエットはガッカリした。
シュエットとしては助けてあげているつもりだったのに、彼にとっては余計なお世話だったのだ。
以来、クラスメイトたちから「女家庭教師」と呼ばれては、悲しい気持ちを押し殺して、笑い返している。
「でしょうね。でもさ、シュエットがどうしようもなく疲れてしまった時、そういう男は助けてくれないよ? そういう時でも、“俺の飯は?”なんて聞いてくるって、姉さんが言ってたもん」
ベルジュネットの言葉に、なるほど、とシュエットは深く頷いた。
「うんうん!」
ベルジュネットは自分の意見にシュエットが賛同してくれたと思ったのだろう。
満面の笑みを浮かべて満足そうに胸を張っている。
食べ過ぎたおなかも少しだけぽっこりしているが、年頃の女子、しかも彼氏持ちとしてはどうなのか。
だが実のところ、シュエットの頷きはベルジュネットの意見に対してというより、彼女の「姉さんが言ってたもん」に対してのものだった。
大人びたコルネーユならまだしも、見た目も中身もお子様なベルジュネットが恋愛についてやけに詳しかったのは、姉の影響だったらしい。
ひそかに自分だけが置いてけぼりを食ったような気分になっていたシュエットは、ホッと胸を撫で下ろした。
「そうね。最近読んだ恋愛小説にもそんなものがあったわ。そして、包容力のある大人の男性が手を差し伸べて、彼女はそっちに気持ちを傾けていくの……」
うっとりとした顔で物語のあらすじを語り出すコルネーユの言葉の続きを遮るように、予鈴が鳴る。
「いっけない! コルネーユ、早く行かないと遅刻しちゃうよ! シュエット、またね!」
「ええ、そうね。あんまり得意じゃないけれど、頑張って走りましょう! じゃあシュエット、また!」
「ええ! 二人とも、実技、頑張ってね!」
シュエットは外へ向かう二人に別れを告げて、別棟へと急いだ。
それからだ。
中庭を通り過ぎる時、三回に一回くらいの確率で、なんとも言えない物言いたげな視線を感じるようになったのは。
決して好意的とは言えない視線が、シュエットは不思議でならない。
だってシュエットは、エリオットと会ったこともなければ、喋ったこともないのだ。
そんな状態で、どうして嫌われるのだろう。
(私、知らない間になにかしちゃったのかしら……?)
何度もそう思ったけれど、思い当たることなんて一つもなかった。
五年生であるエリオットと三年生であるシュエットに、接点なんてないのだから。
一度、あんまりにも理不尽だと思って、抗議しに行こうとしたこともある。
だけどその時は途中でクラスメイトに呼び止められて、シュエットのやる気は萎んでしまった。
どうしてそんな視線を向けられるのかわからないまま、エリオットの卒業で終わりを迎えたわけだが──。
今、あの時とよく似た視線が、ベランダの下からシュエットへ向けられていた。
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