07 もふもふ、現る
ふわり、
ふわり。
闇に紛れて夜空を飛んできた鳥が、鴨の羽色をした、となりのアパートメントの窓に取りつけられた手すりにとまる。
「あら」
まんまるでもふもふ。
見覚えのあるシルエットに、シュエットは思わずとなりを覗き込んだ。
丸くて大きな黒い目が、覗き込んだシュエットをまじまじと見つめている。
「こんばんは、モリフクロウさん」
シュエットが世間話をするように話しかけると、モリフクロウは「ホゥ」と答えてくれた。
首をかしげてシュエットを見つめる姿は、とてもかわいらしい。
もこもことした体は綺麗な色をしていて、一見してとても大切にされている子だと分かった。
(もしかして、昼間の男の人が探していた子かしら?)
迷子にならないはずなのにいなくなった、迷子のフクロウ。
彼は確か、フクロウはちょっと変わっていると言っていた。
目の前にいるモリフクロウに、特に変わった点はない。美人ならぬ美フクロウだな、とは思うけれど。
モリフクロウは中型のフクロウである。彼が持っていた鳥籠にはちょうど良いサイズ。
まさかね、と思いながら、シュエットは声を掛けてみた。
「夜のお散歩中かしら。それとも……迷子だったりする?」
シュエットの言葉に反応するように、モリフクロウがクチバシを鳴らす。
「ああ、ごめんなさい。迷子ではないのね?」
「ホゥ」
賢い子だ。シュエットの質問に、ちゃんと答えてくれている。
腕を伸ばして、まんまるな頭を撫でると、モリフクロウは気持ち良さげに目を細めた。
「お手紙や小包は持っていないようだから、お仕事ではないのよね?」
「カッカッカッ」
モリフクロウは否定するようにクチバシを鳴らす。
これはつまり、仕事だと言いたいのだろうか。
「お手紙も小包もないのに、お仕事なの?」
「ホゥ」
それは一体、どんな仕事なのか。
フクロウの仕事といえば、やはり手紙や小包の配達である。
それ以外になにがあるというのか。
もしもあるとするならば、ぜひとも教えて貰いたい。
うまくいけば、ミリーレデルのフクロウ百貨店の売り上げが伸びるかもしれないからだ。
キラキラと目を輝かせて身を寄せようとするシュエットを、制止するようにモリフクロウが「ホゥ」と鳴く。
モリフクロウはピョンとアパートメントの柵からシュエットの家のベランダの手すりへ飛び移ると、彼女のことをじっくりと見つめた。
まるで何かを探っているような目つきだ。獲物を検分するような、鋭い目つきをしている。
モリフクロウがどうしてそんなに熱心に観察してくるのか分からず、シュエットは困惑した。
(まさか、食べようとしている……?)
そんなわけはない、と思いたい。
でも、相手は猛禽類だ。主食は肉。普段は小鳥の肉がメインだが、人間を襲わないという保証はない。
居心地が悪くなって、シュエットは身じろぎした。
「あの、モリフクロウさん? おとなりさんじゃなくて、私に用があるのかしら?」
モリフクロウはシュエットのことを頭のてっぺんから足先までしっかりと観察して、それから彼女の自宅をチラリと盗み見た。
モリフクロウの体が、わずかに後退する。
まるで、シュエットの家に問題があるかのような態度だ。
(まぁ、問題はありまくりだけど)
なにせ、シュエットの家ときたらとても人様に見せられるようなありさまではなかった。
今、ピンポンとチャイムを鳴らされても、すぐに迎え入れることは不可能なくらい。
(でも、体を引くほどではないんじゃないかしら……これでも、まだマシな方なのに)
モリフクロウの主人は、とても綺麗好きな人なのだろうか。
(だとしたら、私とは仲良くできそうにないわね)
きっと、シュエットの家を見たら、回れ右して逃げてしまうに違いない。
(もっとも、モリフクロウの主人と私が出会うことなんてないでしょうけど)
結婚について考えていたせいだろうか。
どうにも、発想が恋愛方面になりがちである。
偶然出会ったフクロウが取り持つ恋なんて、長女らしからぬエピソード。
(ないわ、ないない)
三人きょうだいの一番上は、可もなく不可もない、どこにでも転がっているような人生を、手堅く生きていくのが無難なのだ。
フクロウ百貨店の店主(独身)が、フクロウのおかげで恋人ゲット──なんて独身女性が飛びつきそうなネタである。
(そんなネタみたいな話、現実にはあり得ない)
首を振って、思い浮かんだすてきな出会いを打ち消す。
そうしてシュエットはどこか寂しげにため息を吐いて、
「……あら?」
と、ミリーレデルのフクロウ百貨店の前に立って、こちらを見上げる誰かを見つけた。
春の夜風に吹かれて、目深に被った暗い色合いのローブが揺れている。
ローブには金の糸で刺繍が施されていて、三階からでも高級品であることがうかがえた。
細めの体を丸めて、ローブの奥からシュエットの方を見上げているようにも見える。
長い前髪が邪魔をして、シュエットはその誰かがどんな顔をしているのかもわからなかった。
だけどシュエットはなぜか、ローブの人物を知っているような気がした。
いや。正しくは、ローブの人物の視線に、と言うべきか。
物言いたげなその視線は、学生時代に幾度か感じたことのある視線と酷似している。
「エリオット先輩……?」
そう、彼の。
視線に。
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