06 フクロウ百貨店の閉店後
いつも通り、きっちり十七時にミリーレデルのフクロウ百貨店は閉店した。
ドアの窓にぶら下がったプレートをひっくり返して『CLOSE』にして、カーテンをしめる。
薄暗くなった店内で、フクロウたちの目がキラキラとしだす。
彼らの目は、まるで宝石みたいだ。黄水晶や琥珀を思い起こさせる。
カウンターに置いてあったランプに火を灯し、シュエットは本日の売り上げを計算して、日誌に書き込んだ。
今日も今日とて、パッとしない売り上げ。本店の売り上げの何分の一なのか。考えたくもない。
とはいえ、実質たった一人の客しかいない割には儲かっていると言って良いだろう。
「コルモロン様がご贔屓にしてくださるおかげで、うちはなんとかやっていけるのよねぇ」
コルモロンが毎週購入してくれるレディ・エルのご飯は、店にある品々の中でも高価なものだ。一般的なフクロウのご飯の、およそ三倍の価格である。
それだけ、レディ・エルに対する愛情が深いということなのだろう。
彼には悪いが、ここはぜひ、シロフクロウをお婿にもらってもらい、売り上げに貢献してもらいたいところである。
「他にもお客様はいらしゃるけれど、コルモロン様ほどではないし……でもまぁ、焦らずにいきましょう」
冒険なんて、しなくていい。細く長く、地味にコツコツと。
それが、シュエットの目指すフクロウ百貨店の在り方なのだ。
店内のフクロウたちが、口々に「ホゥ」と鳴く。まるで、シュエットを応援しているみたいに。
心優しいフクロウたちに「ありがとう」と答えて、シュエットはランプの明かりを消した。
「みんな、おやすみ。また明日ね」
手を振って店を後にするシュエットに、フクロウたちは「ホゥホゥ」とこたえる。
出勤してきた時の逆をたどるように、シュエットは扉を施錠して、ゆっくりと階段を上っていった。
◆□◆□◆
シュエットの家は、ミリーレデルのフクロウ百貨店の上、三階にある。
もとは住居でもなんでもない部屋をリノベーションした部屋は、至ってシンプルな間取りだ。
玄関を入ってすぐに青いタイルが印象的な可愛らしいキッチン。続くフロアが、リビングダイニング。その左奥がユニットバスで、右奥に置かれた衝立の奥が寝室である。
少々家賃がお高めな王都で、女性の一人暮らしにしては広めな間取りになるだろう。
とはいえ、娘ラブを公言してやまないミリーレデル氏は、シュエットがここで暮らすことを良しとしていない。
結婚するまでは実家に居てほしい、というのが本音だ。
(親バカめ……!)
だが、二女アルエットの恋人が次期後継者になるかもしれないと知りながら、いつまでも長女のシュエットが居座るわけにもいかない。
うるさい小姑がいつまでも家にいたら、アルエットとその恋人もやりづらいだろう。
それに、今時「結婚するなら順番に長女から」なんて風潮はないのに、変なところで古風な母が見合い話を取り付けてきそうで嫌だった。
(貴族でもないのだし、出来ることなら恋愛結婚したいもの)
シュエットの母は、没落寸前の伯爵家の二女として生まれた。
伯爵令嬢でありながら、かなり苦労したらしい。
ミリーレデル家による資金援助と引き換えに父と結婚したことで、伯爵家は没落を免れたが、それがなかったらどうなっていたことか。
いわゆる政略結婚である両親だが、仲は良い。
特に父の方は、シュエットでさえ目を逸らしたくなるような溺愛ぶりで、母に対する愛情は娘たちの比ではないと思っている。
没落寸前とはいえ貴族として育ってきた母は、結婚後も貴族としての精神が抜けない。
結婚する順番を気にするのは、そのせいだ。
ちょっと裕福な一般人として生きてきたシュエットには、理解できない決まりである。
(結婚したい人が、結婚したい時に、結婚すれば良いのよ)
母には悪いが、シュエットに結婚の予定はない。というか、結婚する気がない。
いつかは、とは思っているが、恋愛結婚を夢見る彼女には、まだ恋人すらいないのだ。
「結婚……結婚、ねぇ……」
ボソボソと呟きながら、寝室の窓を開ける。
心地よい春の宵の風が部屋の中へ吹いてきて、シュエットの前髪を揺らした。
きつく結い上げた髪をほどくと、長い髪がふわりと風になびく。緩やかに波打つ髪を指で梳きながら、シュエットは物憂げにため息を吐いた。
楽しげな子供の声が聞こえる。
つられるようにベランダから階下に目を落とすと、外食帰りらしい親子連れが仲良く手を繋いで歩いていくのが見えた。
「幸せそう……」
学校を卒業して早々に結婚した友人たちはみんな幸せそうだけれど、一方で、会えば旦那の悪口大会になるのもしばしば。
読んだ本の一節に『結婚は人生の墓場である』なんて書いてあって、結婚イコール幸せというわけでもないのだな、と幸せな結婚を夢見ていたシュエットが、ほんのちょっぴり残念な気持ちになったのは、つい最近のことである。
「でもやっぱり、幸せそうな家族を見ているといいなぁって思っちゃうわ」
たとえ、その先にあるのが旦那の悪口大会でも、墓場だとしても。
いつかは自分も、と夢見ることは自由だろう。
「多くは望まないわ。お芝居みたいな身分違いの恋だとか、障害のある恋だとか、そういうのはいらないの。ゆっくりと穏やかで、優しい家庭をつくれたら。それだけで、いいの」
だって、長女だから。
もう口癖になってしまったジンクスを言い聞かせるように呟いて、シュエットは手すりにもたれた。
──その時だった。
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