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05 フクロウ百貨店のお客様・三人目

 散々悩んで、悩んで、悩みまくって、それでも今日、家族に迎え入れるという決断はできなかったらしい。

 シロフクロウに恋しげな声で鳴き続けるレディ・エルを伴って、コルモロンは来た時よりも十歳は老け込んだ様子で帰っていった。


 酸いも甘いも噛み分けた紳士がああも悩むなんて思いもしなくて、シュエットは好奇心のままについまじまじと観察してしまった。


 シロフクロウを焚き付ければ、もしかしたら購入に踏み切ってくれたかもしれない。

 それでも、真剣に悩むコルモロンを見れば、フクロウに対する愛情の深さが分かるというもの。


 時間はかかるかもしれないが、納得した上でレディ・エルとシロフクロウの恋を応援してもらえたら良いとシュエットは願った。


「前向きに検討すると言ってもらえたもの。希望がないわけじゃないわ」


 レディ・エルがいなくなってソワソワしているシロフクロウの頭を、シュエットはクリクリと撫でた。

 シロフクロウの丸い目が、シュエットを見つめる。「本当に、そう思う?」と問いかけるように。

 シュエットは、穏やかにほほ笑み返した。


「コルモロン様なら、大事にしてもらえるわ。あの方は、フクロウを心から愛しているもの。でも、一人娘を奪うことになるから、最初はギクシャクするかもしれない。けれど、誠実に接していれば、分かってもらえるはず。コルモロン様は、大人ですもの。きっと、打ち解けられる日がくるわ」


 シュエットには分かる。

 だって、妹のアルエットがそうだったから。


 一人目の恋人は全力でつぶされてしまったが、二人目の恋人はかなりタフだった。

 ミリーレデル氏の嫌みも妨害工作も笑っていなし、最終的には爬虫類のペットブームを作り出してギャフンと言わせたのだ。


 新たに建設予定の爬虫類百貨店は、彼が店主になる予定である。

 この店の経営がうまくいけば結婚も認めざるを得ないと、ミリーレデル氏は歯軋りしていた。


 でも、シュエットは知っている。

 次期後継者を彼に、と父が思っていることを。

 なんだかんだ言って、父は彼のことを認めているのだ。


 三姉妹のうちの誰かの夫を後継者にする。

 それは、幼い頃から父が言っていたことだ。


 シュエットでは、後継者になれない。この店一つくらいなら任せることはできても、ミリーレデル家の全ての事業を任せられることはないのだ。


「末っ子のエグレットだったら、可能性もあったのかしら」


 三人きょうだいの末っ子が成功するのは、よく聞く話だ。

 女だてらにミリーレデル家の当主になったとしても、さすが末っ子となるだけである。この国では。


 だが、悲しいかな、シュエットは一番上の長女である。

 魔力もなければ強運も持っていない。そんな彼女が出来ることは、ただ地道にやっていくことだけなのだ。


「いいのよ。私には、フクロウ百貨店(この場所)がある。ここで細々(ほそぼそ)とやっていければ、それで良いの」


 怒るでもなく呆れるでもなく、どこか達観した様子で息を吐いたシュエットは、シロフクロウの頭をもうひと撫でして、カウンターへと戻った。


 それからしばらくして、フクロウたちの世話も、店内の掃除も、できる仕事は全て終わってしまい、手持ち無沙汰に窓の外をぼんやりと見つめていた時だった。


「うーん……なにかしら、あれ」


 光沢のある黒色の頭が、ヒョコヒョコとシュエットの視界の端を横切る。

 かと思えば店の前を彷徨(うろつ)き、違う窓からオレンジ色の目が二つ、店内を覗き込んでいた。


 外に面する窓はすべて、フクロウたちを考慮してレースのカーテンが引いてある。

 カーテンの隙間から覗き込まれるのは、控えめに言って、気持ちが良いものではない。というか、通報したい。


 用があるなら入ってくれば良いのに、男はなぜか入ってこなかった。

 ラパスも男に気がついているのか、気怠げにしていた目が獲物を前にした時のように爛々としだす。


「ラパス、襲っちゃダメよ?」


「ホゥ」


 (たしな)めるようなシュエットの声に、ラパスは不満げに鳴いた。


「でも、いくらお客様が来ないと言っても、店先に不審者がいるのは良くないわよね。仕方がない。ちょっと様子を見てきましょう」


「ホゥ」


 ボディガードよろしく、ラパスがシュエットの肩にひらりと乗る。鋭い爪を持っているが、それがシュエットを傷つけることはない。フクロウはとても賢いのだ。


 シュエットはラパスを肩に乗せたまま、外へ出た。

 不審者は相変わらず、窓にへばりついてミリーレデルのフクロウ百貨店を覗き見している。

 ゆっくりと警戒しながら歩み寄っていって、シュエットは男の肩を軽くたたいた。


「あの……」


「うっぎゃあ!」


 ビクン!

 不意を突かれた男の体が、跳ね上がる。

 シュエットまでビックリしてしまって、思わず一歩後退った。


 男が抱きかかえていた大きな鳥籠が、派手な音を立てて地面に転がる。

 ペルッシュ横丁を観光していた人々が、物音に気付いて訝しげに見てきた。


「あの、当店に何かご用でしょうか?」


 警戒心もあらわに訝しげな表情で睨むように見てくるシュエットに、男はたじろぐ。

 慌てて鳥籠を拾い上げた男は、ガバァと深々頭を下げた。


「すみません。不審者っぽかったですよね⁉︎ あの、実は、フクロウを探していまして。もしかして、ここで保護されていたりしないかなーと思って見ていたんです」


「フクロウが、迷子になったんですか?」


 にわかには信じられない話だ。

 だって、フクロウはそもそも迷子にならない。ゆえに、長い間重宝されてきたのだから。


 ますます表情を険しくさせるシュエットに、男は苦々しい顔で答えた。


「言いたいことは分かります。でも、いなくなっちゃったんですよ。ちょっと、変わったフクロウでして。方角的にはこっちの方だったんで、鳥籠引っ掴んで慌てて追いかけてきたんですけど……」


「見失った、と」


「ええ、そうです……」


 大の大人の男が今にも泣きそうな顔をしているなんて、コルモロンに続き本日二度目の衝撃である。

 眉も目尻もションボリと下げて情けない顔をしている男は、とてもうそをついているようには思えなかった。


 肩に乗っていたラパスが、興味を失ったように店内へ戻っていく。

 男はシュエットに危害を加えることはない、と彼は判断したのだろう。


 ラパスがそう判断したのなら、とりあえずは安全である。

 鳥籠を抱いて肩を落とす男に、シュエットは言った。


「あの……最近、野良フクロウが増えていて、保健所が捕獲しているんです。もしかしたら、お探しのフクロウはそちらで保護されているかもしれません」


「そんな……! 教えてくださり、ありがとうございます! 急ぐんで、じゃあ!」


 男は再びガバァと頭を下げると、あっという間に走り去ってしまった。

 連絡先を聞く暇もない。


「もし見つけたら、教えてあげようかと思ったのだけれど……」


 これでは、もしフクロウを保護したとしても連絡できない。

 走り去った彼がどこの誰なのか、シュエットにはさっぱり分からないのだ。


「どんなフクロウなのかも聞けなかったわ」


 フクロウと一口に言っても、さまざまな種類がいる。

 男が持っていた鳥籠の大きさからいって、迷子のフクロウは中型か大型だろう。

 シュエットは空を見上げ、迷子のフクロウが早く主人と会えますようにと祈った。


読んでくださり、ありがとうございます。


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