40 煌びやかな世界
ヴォラティル魔導書院の新たな門出を祝う舞踏会は、魔導書院院長である公爵の館で行われる。
公爵の館は、代々王弟殿下が受け継ぐものらしい。
国王の離宮を改修したものなのだと、エリオットは説明してくれた。
「わぁ……」
思わず、シュエットは声を漏らした。
見上げた天井の、高いこと。その天井から吊り下がるシャンデリアの明るさといったら。磨き抜かれた床は、シャンデリアの明かりに照らされて、キラキラと輝いている。
思わず感嘆の息を吐くほどに、舞踏会の会場は煌びやかだった。
──カツン。
会場の中へ一歩踏み出す。
シャンデリアの明かりで、身につけた宝石たちが星のように輝きを増す。
大きく開け放たれた窓から、春らしい花の香りをまとった夜風が吹き込み、時折いたずらするようにドレスの裾を揺らしていった。
ポカンと唇を開いたまま見入るシュエットに、隣でエスコートしていたエリオットがクスリと笑む。
途端にシュエットは頰をパッと赤らめて、恥ずかしげに俯いた。
(今夜のエリオットは、まるでエリオットじゃないみたい)
自信満々で、余裕のある大人の男。
シュエットのことを、一分の隙もなく完璧にエスコートしてくれる。
馬車を降りて会場へ入る間までのわずかな時間であっても、エリオットはシュエットを一人で歩かせないし、常に隣で気遣ってくれていた。
それが当然のマナーなのだとしても、シュエットはエリオットに、とても大切にされているような気がしてならない。
(だって、目が)
彼の視線は常にシュエットへ注がれていて、「好きだ」とか「愛しい」と訴えてくるのだ。それはもう、シュエットが顔を背けたくなるくらい熱心に。
(恥ずかしいけど……でも、嬉しい)
思わずにはいられない。
(やっぱり私は、エリオットが好き)
触れたところから、エリオットの気持ちが伝わってくるような気がする。
こんなに大切にしてくれる人を、シュエットは知らない。
「さぁ行こうか、シュエット」
今宵の彼は、いつも以上に美貌に磨きがかかっている。
シュエットをエスコートするという使命があるせいか、いつもの自信なさげな様子は見受けられなかった。その余裕からか、大人の色香のようなものさえ漂っている。
(まぶしい)
慣れたと思っていたはずの美貌に、再びときめくことになるとは。
(やっぱり、ずるい)
慣れたところで次々に新しい一面を見せてくる。
だから、シュエットは目が離せない。次はどんな顔を見せてくれるだろうとワクワクしてしまうからだ。
そんな人の隣に立って、見劣りしているのがよくわかる。
会場に入ってから、付きまとうような視線をひしひしと感じていた。
『あの綺麗な男の人の隣に立っている女は誰?』
おそらく、そんなことをささやかれているのだろう。
それにしては、少々生暖かいような気もするけれど。
めげそうになるシュエットの頰を、夜風がそっと撫でていく。
誘われるように窓の外を見てみれば、魔導式ランプでライトアップされた中庭が見えた。
親密な様子の男女がふらりと中庭へ出て行くのを見て、
(あそこで告白されたら、思わずイエスと答えてしまいそう)
とシュエットは思った。
そんなことを思うのも、仕方のないことだ。
だって、どうしたって意識してしまう。
エリオットが決めた期日は今日まで。舞踏会が終わるまでなのだから。
(舞踏会が終わったら、きっと聞かれるわ。私はエリオットを選ぶのか、選ばないのか)
すべてはシュエットの決断次第。
あるようにも、ないようにも、できてしまう。
ピピに出された最後の試練は、自分の気持ちと向き合うこと。
エリオットをどう思っているのか、エリオットとどうなりたいのか、自分はどうしたいのか。
馬車が迎えに来るまで、シュエットは考えた。それはもう、いろいろと考えた。
もしも一生涯のうちに恋に悩める時間が定められているのだとしたら、シュエットのそれはもう限りなくゼロに近いと断言できる。
それほどまでに、悩んだのだ。
(結論は、出した、けど……)
でもやっぱり、口にするには勇気が足りない。
(あぁぁぁぁ……もう、どうしたら……)
胸がドコドコ連打している。
こんなことは初めてで、どうしたら良いのかわからない。
放っておけば、認めたばかりのこの気持ちが弾け飛んでしまいそうで、シュエットは持っていた扇子でそっと唇を押さえた。
その時だ。
隣でエリオットが「あ」と小さく声を漏らす。
気まずそうに一歩引いた彼に、シュエットはどうしたのだろうと視線を追った。
エリオットは、会場へ入ってくる男を見ていた。
会場内でヒソヒソとささやかれる言葉が、シュエットの耳にも届く。
人々は口々に「公爵様」と、確かにそう言っていた。
「あら?」
男は、一度だけ会ったことのある人によく似ていた。
随分前に、フクロウが迷子になったと店を覗き込んでいた不審者だ。
(でも、ちょっと色が違うわ)
シュエットが見たのは、艶やかな黒髪とオレンジ色の目をした青年だ。
浅黒い肌に鮮やかなオレンジ色の髪ではない。
(オレンジ色の目は、合っているけれど)
「もしかして、変装していたとか?」
公爵様ともなれば、市井でお忍びの格好をするものだ。
ましてや、母譲りの浅黒い肌と父譲りの鮮やかな髪色は目立って仕方がないだろう。
少なくとも、シュエットの情報源である恋愛小説ではそういうものだった。
「ねぇ、エリオット。あの人が公爵様なの?」
「いや、どうだろう。遠目でよくわからないが」
おかしなこともあるものだ。
エリオットの目は都合よく悪くなっている。
(もしかして、苦手なのかしら? わざと見ないようにしているみたい。公爵様なら上司だし、いろいろあるのかもしれないわね)
公爵様が相手では、やりづらいことが多々あるだろう。
そんなものかと、シュエットは勝手に納得しておいた。
「公爵様は、変装することがあるの?」
「ないことも、ないような……」
「ふぅん?」
「どうしてそんな質問をするのかな?」
「あの人……私、一度だけ会ったことがある人に似ているの。でも、肌や髪の色が違うから、どうしてなのかなと思って」
「なるほど」
「迷子のフクロウを探しているって言っていたから、お忍びで変装して探していたのかしらね?」
「どうだろう?」
曖昧に言葉を返すエリオットに、彼はやはり公爵様が苦手なのだと結論づける。
華やかな舞踏会でせっかくカッコよく決めているエリオットを、これ以上困らせるのは忍びない。
シュエットは「そう」とだけ言って、口を閉じた。
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