39 試練〜選択する時間〜
「さぁ、お嬢様。お綺麗にできましたよ!」
鏡の向こうから、色っぽい美女がこちらをキョトンと見ている。
試しにほんのちょっとほほえんでみたら、鏡の美女もニッコリとほほえみ返してくれた。
「きれい……」
シュエットはポツリと呟いた。
まさか、鏡の向こうにいる美女が自分だなんて、信じられない。
目の前の鏡は本当は鏡じゃなくて、鏡に似せた人物画だったりしないだろうか。
そんな非現実的なことを考えてしまうくらいに、シュエットは綺麗になっていた。
「うむ! なかなかではないか。シュエット、見違えたぞ」
ほぅ、とため息とともに鏡の向こうの自分と手を合わせていたシュエットに、衝立の向こうから声がかかる。
シュエットがくるりと振り返ると、いつもより華やかな衣装に身を包んだ幼女が立っていた。
「ピピ」
衝立に手をかけてヒョコリと顔を出したピピは、着飾ったシュエットを見て「ムフフ」と笑った。
「わらわが自ら手配しただけのことはある」
「この人たち、ピピが手配してくれたの?」
「ああ、そうじゃ!」
褒めて褒めてと嬉しそうに報告してくるピピに、シュエットは胸の奥にしまっていた苛立ちを飲み込んだ。
悪気があったわけじゃない。むしろ、良かれと思ってやってくれたことだ。
実際、こうして出来栄えを見れば、大成功だと言える。
(だけど……もう少し、エリオットと一緒に過ごしたかった)
だって、今日で終わりなのだ。
今日が、おそらく舞踏会が終われば、エリオットはヴォラティル魔導書院へ帰ってしまう。
エリオットが帰ってしまったら、今までみたいに、ごはんを一緒に食べたり、寝る前におしゃべりしたり、たわいもない触れ合いをしたり、そういうことができなくなる。
だから今朝は、エリオットお手製の朝食もこれで食べ納めかと思って、シュエットはいつもよりもゆっくり、噛み締めるように食べていた。
トーストに、目玉焼きに、カリカリのベーコンとコーンスープ。全部全部忘れたくなくて、目に焼き付けるようにそれらを眺めながら、一口一口丁寧に咀嚼する。
目の前ではエリオットが、上機嫌で朝食を食べていた。
試練が終わるからなのか、それとも今夜の舞踏会が楽しみだからなのか。
自分と違って上機嫌な彼に、シュエットは一抹の寂しさを覚えた。
そんな中、突然やってきたメイドたちは、あっという間にエリオットを部屋から追い出し、シュエットをバスルームへ押し込んだ。
もがくシュエットに構わず、彼女たちは肌と髪を手入れし、その合間に「今夜の舞踏会のために来た」と説明してくれた。
もう少しエリオットと最後の時間を過ごしたかったシュエットは、無粋な彼女たちに苛立った。
だが、初対面の彼女たちに訴えることもできず、悶々とした時間を過ごすことになったのだ。
軍隊のように統率の取れたメイドたちは、おとなしくなったシュエットの髪を結い、着付けて、化粧を施す。
そうして誕生した鏡の向こうの美女に満足げに頷いて、メイド部隊はピピへ恭しく頭を下げてから、颯爽と去っていった。
まるで嵐のようだった、とシュエットは呟く。
そんな彼女に、ピピはニヤリと意味深な笑みを浮かべ、
「シュエットに、最後の試練を言わねばならぬ」
と言った。
「最後の試練? 舞踏会が最後じゃないの?」
「二人の試練は、な。シュエット個人の最後の試練は、これからじゃ」
「私の、試練?」
「自分の気持ちと向き合うこと。エリオットをどう思っているのか。彼とどうなりたいのか。自分はどうしたいのか。考える時間が必要であろう?」
選ばれた花嫁に与えられる、最後の試練。
彼を選ぶのか、それともなかったことにするのか。それを考える時間が、試練らしい。
「与えられる時間は、迎えの馬車が来るまで。それまでに、決めるが良い」
ピピはそう言うと、ふわりとワンピースの裾を揺らしながら、部屋の出口へと向かった。
「わらわは、シュエットにはエリオットが一番じゃと、思うておるがな」
去り際に言われた言葉は、シュエットの気持ちを揺らす。
パタンと音を立てて閉じたドアを見つめて、静かになった室内で、シュエットは一人ため息を吐いた。
たったひと月。されど、ひと月。
エリオットへの気持ちは、緩やかに変化していった。
エリオットが決めた期日がもうすぐだと気づいてからは、目が回りそうなくらい何度も何度も考えた。
彼を選ぶのか。
それとも、すべてを手放してしまうのか。
悩むあまりに、なかなか寝付けない夜もあった。
そんな夜は、ピピと出会ったベランダに出て、星を眺めた。
窓を開けっぱなしにしていたせいで、エリオットが寒くて起きちゃったのは悪かったけれど、彼が入れてくれた蜂蜜入りのホットミルクの優しさは、父に物申してくれた時の凛々しい彼の次に、忘れたくない思い出になった。
(好きだなぁ)
何度考えたって、結局はそうなる。
(忘れたくないなぁ)
好きで、忘れたくないなら、答えはひとつだ。
エリオットを選べば良い。
だけど、シュエットはこの期に及んで、その選択をできないでいた。
三人きょうだいの一番上は、うまくいかない。
その言葉が、シュエットの選択を拒否するからだ。
「エリオットが不細工で、どうしようもない駄目男だったら、良かったのに」
そうしたら、シュエットは気兼ねなくエリオットを選べただろう。
もっとも、そんなエリオットなんてエリオットじゃないし、そもそもシュエットが彼を好きになるのかも怪しいが。
「もしも私がエリオットを選んだとして……ジンクスの通りになるのだとしたら、私はどうなってしまうのかしら」
こんな時、恋愛小説を読んでいなければ良かったと思う。
だって嫌な想像がいくらでもできてしまう。
例えば──、
シュエットに婚約破棄を言い放つエリオット。
彼の隣にはお姫様みたいな可憐な女の子が立っていて、シュエットにいじめられたとかなんとか言うのだ。
シュエットが事実無根を訴えるも聞き入れられず、哀れシュエットは監獄へ──
「って、ないない。それはない。エリオットが王族とかじゃない限り、それはないから」
そんなこと、あるわけがない。
エリオットが王族だなんて、あるわけがないのだ。
『本当に?』
微かに聞こえた声に耳をふさぐ。
だってそうしないと、エリオットを本気で諦めないといけなくなるから。
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