37 お礼にかこつけて
フクロウカフェをオープンさせてから数日目の夜。
店内の掃除を終えたシュエットとエリオットは、くったりと店のソファにそれぞれ座り込んだ。
「たくさん、お客様が来たわね」
「ああ、そうだな……」
慣れない仕事をしているせいか、エリオットはシュエット以上に疲れているようだ。心なしか、口調がいつもより素っ気ない。
それもそのはず。
オープンしてからというもの、エリオットが大人気だからである。
そう。主役のフクロウたちよりもエリオットが、だ。
広場でデモンストレーションをしたあと、シュエットがイケメンと二人でカフェを開いたらしいといううわさが瞬く間に広がった。
おそらく発信源はカナールだ。
あの口の軽い弟分が、いつもの調子で触れ回ったに違いないと、シュエットは踏んでいる。
来店したのは、お堅いシュエットを射止めたイケメンを見に来た人、イケメンを拝みたくて来た人、純粋にフクロウ目当てで来た人。割合としては、二・五・三といったところだろうか。
つまり、エリオット目当ての客で溢れかえっていたのである。
おかげで予定していた人数を遥かに超える数の客が来てしまい、急遽入れ替え制にした。
だが、それでもうまく案内しきれなくて、最終的には予約制になってしまったのである。
もういっそ、エリオット目当ての客とフクロウ目当ての客を選別してしまおうか、とまで考えた。
だけど、エリオット目当てでやってきて、フクロウと戯れるうちに「飼ってみようかな」なんて気持ちになっていた人も見かけたので、むげにはできない。
(いや、エリオットがフクロウを熱心に勧めるから、気を引きたくて言っただけかもしれない……って、だめだめ! どうして勘繰るのかな、私は。素直に良かったって思えば良いだけじゃない)
そう思ってしまう理由は、なんとなく分かっている。
認めたくないから、わからないってことにしているけれど。
(三人きょうだいの一番上は、うまくいかない。それを忘れたら、手酷く失敗するって決まっているもの。でも、もしも……もしもフクロウカフェがうまくいって、エリオットの食い扶持くらいは稼げるようになったら……考えてみるのも、良いかもしれないわ)
どうしてか、シュエットは少しだけ頭がスッキリしたような気がした。
頭の奥にある霧深い森に、一筋の光が差し込んだような、そんな気分になる。
すごく晴れやかとまではいかないが、気分が良い。
目標ができたからかもしれない、と彼女は思った。
チラリとエリオットの方を見ると、彼はソファに座ってテーブルに片頬をくっつけながら、店内をぼんやりと見ているようだった。
サイドの髪が表情を隠すように顔にかかっていて、まるで学生時代の彼のよう。
(そういえば……私に合うのは世話焼きタイプの男の人だって、コルネーユが言っていたわね。エリオットは甘えん坊タイプだから、なしだって……でも実際は、逆だったわね)
甘えるどころか、気づけばシュエットが世話を焼かれている。
掃除、洗濯、料理。それだけでも助かるのに、店のことまで。
店がオープンしてからは、慣れないながらも一生懸命接客してくれている。
戸惑う姿がかわいいと、お客様たちからは大好評だ。
そのたびに、シュエットは「エリオットよりもフクロウを見なさいよ」という言葉を飲み込んでいる。
(エリオットに頼ってばかりね。たまには、私が何かしてあげられたら良いのだけれど)
なにが良いかしらと考えながらエリオットを眺めていると、学生時代の彼はよく、中庭の大きな木のそばで昼寝をしていたことを思い出した。
午睡にちょうど良さそうな日差しが中庭を照らしていて、穏やかに吹く風がサラサラと葉を揺らす。
芝生の上に寝転がって目を瞑ったら、数秒で眠りに落ちてしまいそうだなんて思ったものだ。
(次の休みは、ピクニックなんてどうかしら)
ピクニックならば、ピピも試練を出しやすいだろう。
膝枕に、そういえば“あーん”もまだだった、なんて恥ずかしげもなく思う。
すっかり慣らされたものだなぁなんて感慨深く思いながら、シュエットは何気なくカウンターの上に置かれたカレンダーを見た。
次の定休日は、エリオットと再会してからひと月。
そう、終わりの日だった。
「あ……」
ワクワクしていた気持ちが、萎んでいく。
彼が決めた期日が、迫っていた。
シュエットがエリオットを選ばなければ、ピピは記憶を消してしまう。
(でももし、エリオットを選んだとしたら? たぶんだけど、エリオットだって私のことを嫌だとは思っていないはず。そうでなかったら、試練に関係がない店のことなんて考えないもの)
ふと、シュエットは思いつく。
エリオットがシュエットを憎からず思っているのか試してみよう、と。
シュエットはおもむろに立ち上がると、エリオットが座るソファの隣へトスンと腰を下ろした。
「シュエッ、ト……?」
眠そうなかすれた声で、エリオットが名前を呼ぶ。
「エリオット。今日も、ありがとう。お礼になるかはわからないけれど……ここ、使ってちょうだい?」
そう言って、シュエットは太ももを指し示した。
前髪の隙間から、エリオットの目がのぞいている。
シュエットの指につられるように、彼の視線は彼女の太ももへ落ちた。
「は……?」
エリオットの口から、間抜けな声が漏れ出る。
かと思えば、トロンとしていた目が急に大きく見開かれて、ガバリとテーブルから身を起こした。
「シュエット⁈」
動揺を隠せない様子のエリオットに、「まぁそうよね」とシュエットは呟いた。
一応、予想の範囲内ではある。シュエットが触れる時、彼はいつも挙動不審だからだ。
「膝枕。テーブルよりは、やわらかいと思うのよね」
正直言って、恥ずかしい。
こんなことを言って、エリオットはどう思うだろう。
嬉しい?
嫌?
それとも、破廉恥だと蔑むだろうか。
「やわらかいって……いや、しかし……」
「やわらかい枕は嫌? テーブルの方が寝心地が良いっていうなら、それでも──」
それでも良いけど、と最後まで言えなかった。
シュエットの言葉に被せるように、エリオットが言ったのだ。
「シュエットの方が良いに決まっている!」
自分で良いと言ったくせに、エリオットはシュエットと視線が合うなり「っぐ」と息を飲んだ。
もしかしたら、恥ずかしいのかもしれない。シュエットだって、エリオットに「膝枕をしてあげる」と言われたら、恥ずかしい。
(でも、興味はあるから、してもらいたい、な……)
「じゃあ、どうぞ?」
できるだけなんでもない風を装って、シュエットは膝枕を勧める。
そんな彼女にエリオットは何か言おうとして、でも何も言えずにおとなしく頭を預けた。
シュエットは気づかない。
エリオットを見る彼女の目は、砂糖を煮詰めた蜜のように、甘くて優しい色を滲ませていた。
どんな阿呆だってわかる。
シュエットがエリオットを、どう思っているかなんて。
だからエリオットは、勢いのままに気持ちを、そして隠しているすべてを吐露しそうになった。
視界の端でピピが両手でバッテンをつくっていなかったら、言っていたかもしれない。
「準備が整うまで、あと少し……」
「エリオット? 何か言った?」
「いや、なんでもないよ」
そんな二人をピピはほんのつかの間見守って、静かに部屋を出て行く。
「歴代一位の面倒臭さじゃ。しかし、だからこそ、かわいらしゅうてたまらぬ」
手のかかる公爵様の恋を成就させるには、やらねばならないことがいっぱいある。
幼女姿からモリフクロウの姿へ戻ったピピは、夜の空を見上げて翼を広げた。
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