34 勘違い女
『シュエット・ミリーレデルを呪う不届き者を排除せよ』
ピピから新たな試練を課されたエリオットは、その翌日、ヴォラティル魔導書院にいた。
このままでは魔導書院が無事に引っ越せないと泣きついてきた、部下のメナートのせいである。
「あら、このご本をしまいますの? ではわたくし、お手伝いいたしますわ!」
「いや、頼むから触らないでくれ」
「なにをおっしゃいますの! わたくしとあなたの仲ではございませんか」
「あなたにはまだ名を名乗ってもいないのだが?」
「名乗らなくても、わたくしにはわかります。ええ、そうですとも。わたくしとあなたは、結ばれる運命なのですから!」
泣きついてきた当の本人は、とある令嬢に言い寄られている。
「かわいそうに」とエリオットは他人事のように呟いた。
それは一体、どちらへ向けて言った言葉なのか。
頭が足りていなさそうな令嬢に対してなのか、勘違いで言い寄られて仕事を妨害されているメナートなのか、それとも、こんな場面を見せられている自分に対してなのか。
必死に距離を置こうとしているメナートに、しかし令嬢はめげずに突進する勢いで距離を詰めてくる。
『たすけて、院長!』
そんな視線を受けながら、エリオットは爽やかな笑顔でグッドラックと手を振った。
あんな攻撃は、受けたくない。勘違いはさせておくに限るのだ。
メナートがエリオットを呼び寄せるほどの緊急事態とは、令嬢のことだった。
魔導書院には不似合いな、ピンクのフリフリドレス。一体どこの夜会へ行くのだと突っ込みたくなるゴテゴテしさだ。
高いヒールの音が歩くたびに響き渡って、静かな書院内に騒音を撒き散らしている。タップダンスでも踊りたいのだろうか。
顔を背けたくなるくらいの、えげつない香水の匂い。まるで魔導書院にマーキングしているみたいだ。一刻も早く追い出して、風の魔術で空気を一掃したい。
早々に司書室へ逃げ込んだエリオットは、事前に渡されていた資料を開いた。
その横からヒョコリと資料を覗き込んできたピピが、内容を読み上げる。
「グリーヴ・レヴィ。占星術を得意とする魔導師を多く輩出していた伯爵家の令嬢……ふむ。なんとも奇な巡り合わせじゃの」
「どういう意味だ?」
「この娘の母親は、以前、おまえの父に懸想しておったのじゃ。いや、懸想というか執着と言うべきか」
当時はまだ王子だったエリオットの父は、まだ結婚も婚約もしていなかった。
次期国王ともなれば、誰も彼もがさまざまな思惑を持って近づいてくる。
そんな中、特に悪質だったのがレヴィ家の令嬢だったという。
「ことあるごとにすり寄ってきて、媚を売っていた。いつもゴテゴテと着飾って……ほれ、あの娘のようにな。相手にその気がないのは一目瞭然なのに、妙に自信過剰に迫ってきおる。その上、近寄ってくる他の令嬢に対して嫌がらせをするものだから、隣国の姫との婚約が発表されるまで、それはそれは大変だったのじゃ。ふむ……親娘そろってそっくりじゃな。歴史は繰り返すとはよく言うたものじゃ」
ピピは呆れた顔でそう言って、最後にやれやれとため息を吐いた。
扉の向こうでは、キャアキャアと魔導書院にふさわしくない黄色い声が響いている。
メナートのことを、ここの院長だと思っているらしい。
彼は「何度も違うと訴えているのに、ちっとも聞いてくれない」と嘆いていた。
『一刻も早く戻ってきて令嬢の誤解を解いてください! じゃないと、引っ越しなんてできませんよ! ほら、見てください。あの令嬢のせいで余計な仕事が増えるばかり! 俺はもう、過労死寸前ですよ……』
たった一息でここまで訴えられるなら、まだまだ大丈夫だ。
市場で買ってきたフレッシュジュースを差し入れしてごまかしつつ、エリオットはとりあえず様子見に徹した。
「もうじき王城で舞踏会があるから、必死なのだろうな……」
少しでも印象付けてパートナーに選んでもらいたい。
そういうことなのだろう。
公爵相手に、なんとも雑な方法である。
もっとスマートにやれないものかと思って、ピピから聞かされた母親の話に「まぁそれも無理か」と納得した。
「そっくりというのなら、グリーヴ嬢も他の令嬢に嫌がらせをしているのだろうか……」
良いことなのか悪いことなのか。
とりあえずエリオットに、仲の良い貴族令嬢はいない。
一番仲が良いと言えるのはシュエットだが、まさか彼女と面識はないだろう。
「だが、占星術か……まさかとは思うが……うーん……」
今でこそ落ちぶれているレヴィ家だが、かなり前は精度の高い結果を出すことで有名だったと聞く。
数代前から能力が落ち始めたらしいが、もしも優秀な魔導師が出たのだとしたら──?
「エリオット。何か引っかかることでもあったのか?」
「いや、まさかな、と思って……」
シュエットにかけられた呪いは、根深い。
おそらく、十年以上は経っているだろう。
十年以上と言えば、エリオットがシュエットと出会うより前だ。
エリオットを手に入れるために彼女を呪ったとは、考え難い。
でも、もしも。
もしも、レヴィ家に優秀な魔導師がいて、占星術でエリオットの未来をみたのだとしたら。
そして、エリオットがシュエットを選ぶという結果がみえたのだとしたら。
王族との結婚に固執しているらしいレヴィ親娘が、シュエットを放っておくだろうか。
エリオットは、嫌な予感しかしなかった。
「気になるのなら、調べてみれば良い」
「だが、どうやって……」
「母を頼るが良い。会えずとも、尋ねる手段はある。手紙を書くのじゃ。わらわが直々に届けてやろう」
「返事がくるわけ……」
「ない、なんてことはあり得ぬ。言ったであろう? 彼女は今でもおまえを愛している。おまえが助けを求めれば、必ず手を貸してくれるはずじゃ」
ピピはそう言って、エリオットを執務机に追いやった。
引き出しからレターセットを取り出し、グイグイと押しつける。
だからエリオットは仕方なく、ペンを手に取った。
母に手紙を書くなんて初めてのことで、ペンを握る手が震える。
それでも、シュエットにかけられた呪いを解きたい一心で、なんとか手紙を書き上げたのだった。
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