03 フクロウ百貨店のお客様・一人目
ペルッシュ横丁にあるミリーレデルのフクロウ百貨店は、今日も今日とて閑古鳥が鳴いている。フクロウ百貨店なのに。
「……なんて、笑えない」
黄昏時の空をカウンターから眺めて、シュエットは物憂げなため息を吐いた。
窓の外を、家路に就く人々が忙しなく歩いていく。ミリーレデルのフクロウ百貨店なんて、目にも留めずに。
壁のフクロウ時計を見れば、まもなく時刻は十七時。あと数分で閉店時間である。
「みんな、ごめんなさい。今日も、家族を見つけてあげられなかったわね」
シュエットの申し訳なさそうな声に、店内にいたフクロウたちが口々に「ホゥホゥ」と答えてくれる。「気にしないで」と言っているように。
朝とは違い、今の時間はみんな目をパッチリさせている。
夜行性である彼らは、今からが活動時間なのだ。
両親から、この店が繁盛することは期待されていない。
ちょっと魔力を使うだけで、一瞬で遠いところにいる人と連絡が取れてしまうという魔導式通信機が普及してからというものの、手紙はあっという間に廃れてしまった。
それに伴ってフクロウの人気も薄れ、今や野良フクロウが保健所に捕獲される始末なのである。特に、手紙しか運べない小型のフクロウの人気低下は著しい。
そんな中、新たにフクロウを家族に迎えようという酔狂な人は少なかった。
「まぁ、フクロウ百貨店がダメでも他は繁盛しているから、全体を見れば問題ないのだけれど」
ミリーレデルはフクロウ百貨店だけではない。
ネコ百貨店やイヌ百貨店、小動物百貨店なんかも経営している。
最近は爬虫類にも手を出し、大成功をおさめていた。
散歩もいらなければ、鳴くこともない。餌は虫で安価ということもあり、王都の狭い家で一人暮らしをする若い魔導師たちには、ちょうど良い相棒なのだろう。
本店の片隅で始めた爬虫類だったが、もう少ししたら爬虫類百貨店をオープンさせると両親は計画していた。
「爬虫類の何が良いのかしら? あなたたちみたいにモフモフじゃないし、小包の運搬も出来ないのにね」
今日来店したのは、たったの三人。
一人目は、三軒となりにある梔子色の建物、プルデネージュ料理店のボーイ兼料理人見習いのカナールだ。
正確に言えば、彼は客ではない。どちらかといえば、シュエットが客である。
カナールは毎日、昼前になるとフクロウ百貨店へやって来て、あるものを手渡してくれる。
今日は、ローストビーフのサラダとベーグル。
そう。カナールは毎日、シュエットにランチボックスを届けてくれるのだ。
「最近、どう?」
クリクリとした大きな黒い目で、カナールは閑散としている店内を見遣った。
濃い黄色のような金の髪は後ろでちょこんと結われていて、料理人らしい真っ白な服がよく似合っている。
年齢は、十八歳。だが、まだまだ幼さは抜けきれていない。
カナールはプルデネージュ料理店の店主の遠縁にあたる。
ゆくゆくは、幼馴染みでもある店主の娘と結婚して後を継ぐ予定だとシュエットは聞いていた。
「見ての通りよ。フクロウ百貨店なのに、閑古鳥が鳴いているわ」
「閑古鳥ってカッコウのことだろう? カッコウといやぁ、ククーの奥さん、托卵だったらしいぜ? 浮気相手の子どもを夫に育てさせていたらしい。おっかねぇよなぁ」
ククーは、ペルッシュ横丁で卵を販売している。
その奥さんが浮気していたことも驚きだったが、昨年生まれた息子が浮気相手との子とは知らなかった。
驚いた顔をしたシュエットだったが、すぐに「もう」と嘆息する。
歳が近いせいか、カナールはよくこうして話しかけてきた。
だが、今の時間はよろしくない。
だって彼が勤める料理店は、これから忙しい時間帯になるからだ。いや、もしかしたらもう忙しくなっているかも。
「カナール? 無駄話をしていると、またおじさんに怒られるわよ。うちと違って、そっちは忙しいんだから。早く戻って手伝ってあげなさい」
妹たちにするように、ついついお説教じみた言い方になってしまうのは、シュエットの悪い癖だ。
だがカナールも慣れたもので、年上ぶるシュエットに唇を尖らせて文句を言う。
「ちぇー。ちょっとくらい話したっていいじゃんか」
「話なら、仕事が終わったらいくらでも聞いてあげるから」
「……シュエット。それ、誤解されるから気をつけた方が良いぞ?」
「誤解? 別に、うそはついていないけれど」
「ハァァ、これだもんなぁ。さすが、女家庭教師と呼ばれるだけはある」
肩を竦めて大仰に言うカナールに、シュエットは訳がわからず首をかしげる。
「なにそれ。どういう意味? 悪い意味のような気しかしないのだけれど」
本気で分かっていない様子のシュエットに、カナールは苦笑いを浮かべた。
どうにも、彼女は異性関係について疎すぎる。
カナールにはこれと決めた女性がいるし、シュエットのことは姉という位置づけだから問題ないが、もしも先ほどのセリフを異性の、それもシュエットのことをいいなと思っている男に言ったらどうなるのか。
デートのお誘い以外の、なにものでもない。
しかし、それを弟のように思われているとはいえ、他人の自分が指摘するべきなのだろうか。
結局カナールは、彼女の妹たちに丸投げすることに決め、今日も流した。
「あー……完全な悪口でもねぇから、気にすんな。んじゃ、そろそろ行くわ」
「そう? じゃあ、お仕事頑張って」
「おうよ!」
カナールが帰ると、店は再び静かになった。
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