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25 シュエットの悩み

 エリオットはなかなか寝付けなかった。

 まるで同居初日のように、目が冴えている。


 同居を始めた最初三日くらいは、衝立(ついたて)の向こうに好きな女性が無防備に寝ているということに興奮してしまい、なかなか寝付けなかった。

 三日目にして睡眠不足がたたり、気絶するように眠ってからは、おとなしく寝られるようになったのに。


「……眠れない」


 原因はわかっている。

 昼間のことが、頭から離れないからだ。


 ダイニングの端に置かせてもらった簡易ベッドの上へ横になったまま、仰向けで天井を眺める。

 深い青色をした天井に、思い浮かぶのはシュエットの顔だ。


 ランチ用の紅茶を淹れるためにいた、簡易キッチンからこっそりのぞいた彼女の横顔は、憂いに満ちていた。

 ふぅ、とため息を吐く姿は弱々しくて、思わず後ろから抱きしめたくなる。

 普段の彼女はしっかりしているだけに、エリオットの庇護欲がムクムクと湧き上がった。


 どうにかしてあげたい。

 でも、どうやって?


 エリオットは自問する。


「なにか、失敗してしまった?」


 マグカップを差し出しながら問い掛ければ、シュエットは無言のままに、腰掛けていたベンチの半分をエリオットに譲ってくれた。


「いいの?」


 試練でもないのに、こんな近くに座れるなんて。

 嬉しく思うのと同時に、心配にもなってくる。彼女はこんなに無防備で、誰かに拐われたりしないのだろうか、と。


「どうぞ」


 ポンポン、とシュエットの小さな手がベンチの空いたスペースをたたく。

 エリオットはいそいそと、言われるがまま腰掛けた。


 シュエットは焦っているようだった。

 ミリーレデルのフクロウ百貨店を任されて二年。

 店の経営が、うまくいっていないらしい。


 上司である両親は、シュエットがこの店の経営状況を劇的に改善するとは思っていない。

 だから彼女は、現状維持ができていれば問題ないだろうと思っていた。


「でもね。最近、それだけでは駄目だって思うの」


 かわいいフクロウたちを、愛してくれる家族を見つけてあげられない。

 それが、心苦しくて仕方がないらしい。


 経営者らしからぬ考えだ。

 だが、家族思いのシュエットらしい、優しい考えだと、エリオットは好意的に思えた。


「焦るあまり、ついその気持ちが表情に出てしまって。今日来店されたお客様……今ね、シロフクロウを迎えるか悩んでいる方なのだけれど……その方に、失礼な態度を取ってしまったの。接客業なのに顔に出してしまうなんて、駄目ね、私」


「……客に、怒られたのか?」


 シュエットの話で、エリオットが一番気になったのはそこだった。

 好きな女性が傷つけられて、何も思わない男などいない。

 たとえシュエットが悪かったのだとしても、エリオットからしてみれば客の方が悪い気がしてしまう。


 かわいいシュエットに何してやがる。

 エリオットはそんな気持ちで問いかけた。


「いいえ。逆に謝られたわ」


 客が飼っているワシミミズクが、店のシロフクロウに恋をしているらしい。

 それで、客はシロフクロウを迎えたいと思ってはいるのだが、ワシミミズクを愛するがために、なかなか決心がつかないのだとか。


「私も、お客様のように大人の対応ができれば良かったのだけれど……」


 自嘲するように苦く笑いながら話すシュエットに、エリオットは何も言えなかった。

 エリオットは今まで、人と距離を置いてきた。そんな自分が、何を言えるというのか。


 慰めの言葉を言おうにも、彼女が望んでいるのはそんな言葉ではない気がした。

 では、何を言えば良いのか。


 エリオットは決まり悪そうに、ソワソワした。

 嫌な沈黙が二人の間に落ちる。


 どうにかして、シュエットを元気付けてあげたい。

 しかし、エリオットにできることで彼女が喜ぶことなどあるのだろうか。


 ご飯を作る? 

 いや、それはいつものことだ。


 じゃあ、お菓子は? 

 シュエットの好きなお菓子なんて、知らない。


 ソワソワと落ち着かなげに隣で身じろぎするエリオットに、シュエットは「ふふ」と力なく笑った。


 気遣わせてしまった。

 そうとわかるくらい、シュエットの声はため息混じりだ。


 こんな時、恋愛小説に出てきたヒーローたちは、どうしていただろう。

 学生時代は毎日のように読み漁っていたというのに、エリオットは肝心な時に思い出せない。


「ごめんなさい。こんなこと言っても、困るわよね。でもちょっとだけ、ちょっとだけ、話を聞いてもらえる?」


 シュエットにそう言ってもらえて、エリオットは嬉しかった。

 頼られている。そんな、気がして。


 今までエリオットは、誰かに頼られることなど皆無だった。

 ふと、メナートの顔が脳裏を過ぎったが、エリオットは爽やかな気持ちでスルーする。


 場違いにもニマニマしそうになる頰の筋肉を叱咤(しった)して、エリオットはなるべく冷静に、恋愛小説に出てくるイケメンヒーローを目指して言った。


「困らない。僕で良ければ、聞かせてほしい」


「ありがとう、エリオット」


 持っていたサンドイッチをランチボックスへ戻したシュエットは、ぽつり、ぽつりと話してくれた。


 店の経営があまり良くないこと。

 シュエット一人が生きていくには十分だけれど、店がこれ以上繁盛する見込みがないこと。

 魔導式通信機が出回るようになってから、フクロウの人気が落ち込んでしまったこと。


「新しい家族が見つからないのは当然かもしれない。でもね、やっぱり大事な子たちだから、愛してくれる家族を見つけてあげたいのよ」

 

 シュエットは店内を見回した。

 彼女の言葉に答えるように、店内にいるフクロウたちが「ホゥ」と鳴く。

 まるで「自分たちのことは気にしないでよ」と言っているように、エリオットには聞こえた。


読んでくださり、ありがとうございます。


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