21 ヴォラティル魔導書院
現在のヴォラティル魔導書院は、王都の西に建っている。
細工が美しいアイアン製の柵は、今日も鳥籠の名にふさわしい雰囲気を醸していた。
「こんなに綺麗なのに、取り壊してしまうなんて……」
残念そうに呟くシュエットに、エリオットは「仕方ない」と答えた。
だが、何気なく返したその言葉が、彼女に告げるには冷たい音をしていた気がして、エリオットは弁解するように言葉を連ねる。
「見た目は魔術で取り繕えても、老朽化まではごまかせないから……」
「そうなの……」
魔導書院の中、特にエリオットの居住区は雨漏りまでする始末で、このままでは大事な魔導書に影響が出る。
それに、放置すればいずれは倒壊するだろう。そうなれば、近隣の住宅に被害が及ぶ。
それだけは、避けなければいけない。
元王族で公爵の、魔導書院の院長であるエリオットには、その責任があった。
「ひと月後には、ペルッシュ横丁の近くに建てている、新しいヴォラティル魔導書院へ引っ越す予定なんだ」
エリオットがそう言うと、シュエットは納得したように「ああ」とため息のような小さな声を漏らした。
「あれは、新しい魔導書院だったのね」
微かに笑みを浮かべて見上げてきたシュエットに、エリオットはホッと胸を撫で下ろした。
エリオットは、自分が一般的な男性より魅力的ではないと自覚している。
話していても面白くないだろうし、気遣いだって下手くそ。
今まで人を遠ざけてきた、その報いを受けているのだろう。
今更後悔したって巻き戻せないから、せめて今を精一杯やろうと頑張っているのだが、なかなかうまくいかない。
会話ひとつまともに続けられない自分に、嫌気が差した。
「古い劇場の跡地にずっと囲いがされているから、何が出来るんだろうって、横丁でうわさになっていたのよ」
「そうなのか」
建設中の土地には大きな囲いがされていて、中の様子はわからないようになっている。
ペルッシュ横丁には「公共施設だ」と伝えていたはずだが、魔導書院だとは思っていなかったのかもしれない。
ペルッシュ横丁の近くに新たなヴォラティル魔導書院を建設することになったのは、偶然だ。エリオットの私情によるものではない。
王都には空き地がなく、たまたまペルッシュ横丁の近くにあった古い劇場が売りに出されていたので、買い取ったのだ。
とはいえ、新しい魔導書院を作ろうと言い出したのも、劇場が売りに出されたことを知らせてきたのも、国王である。
何かあるとみて間違いない、とエリオットは思っていた。
鉄柵の向こうには石畳の道が続いている。
道の先には重苦しい重厚感のある建物があって、エリオットたちを入れまいとしているように見えた。
気のせいだ。
魔導書院の院長たるエリオットが、入れないなんてことはあり得ない。
だって、ここはエリオットの魔力で成り立っているのだから。
たった一日離れただけで、見放されたような気になってしまうのは、ここがエリオットにとって唯一の居場所だからだろう。
彼にとってヴォラティル魔導書院とは、存在意義なのだ。
出入り口から追い立てられるように、何人かの魔導師たちが出て来る。
おそらく、閉館時間になったために追い出されたのだろう。
調べ物の途中だったか、それとも目当ての魔導書を借りられなかったのか。
魔導師たちは一様に、不機嫌な顔をしていた。
エリオットとシュエットは、魔導師たちと入れ違いになるように魔導書院の中へ入る。
入った瞬間、シュエットは「わぁ」と声を上げて立ち止まった。
見渡す限り、木が生えている。
あっちにもこっちにも、木、木、木!
さまざまな色合いの木々が組み合わされたヘリンボーンの床の上に、大きな木が根を張っている。
地面でもないところに木が生えているというのは、なんとも不思議な光景だ。
伸ばされた枝には、たくさんの鳥たちが思い思いにとまっていた。
「すごい……」
エリオットには見慣れた光景だが、シュエットは初めてだったのだろう。深い青の目をキラキラさせて、あちこち見回している。
海のような深い青に木々の影が映り込むのが、なんともいえず美しい。
エリオットは無意識に「きれいだ」とこぼしていた。
「そうじゃろう、そうじゃろう。どれ、シュエット。わらわが案内してやるぞ、ついて参れ」
「え、わっ、ちょっと、ピピ⁉︎」
「奥にな、こぉひぃを飲める場所があるのじゃ。わらわは久々にこぉひぃが飲みたい!」
「でも、エリオットは同僚の人にいろいろ説明しないといけないことがあって……私たち、五メートル以上離れられないのよ。だから、困るわ」
「大丈夫じゃ。今だけ、特別に離れても良いことにしてやる。ほれ、エリオット。さっさと用事を済ませてこい」
残念なことに、エリオットの呟きをシュエットが気付くことはなかった。
魔導書院を褒められて嬉しくなったピピが、いつの間にかモリフクロウから幼女の姿へと変わっていて、シュエットを連れて行ってしまったからだ。
「僕が案内したかったのだが……」
独り言ちる。すると、シュエットの背を押していたピピが、いたずらっ子のようにベーと舌を出した顔で振り向いてきた。
ピピを小憎たらしく思うも、幼女姿の彼女にムキになったところで、大人気ないだけだ。
諦めるように小さくため息を吐いて、エリオットは二人に背を向けた。
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