14 美貌の男
シュエットはポカリと口を開いたまま、まばたきを繰り返した。
まるで、目の前に居たのがゴーストか何かだったかのような反応である。
見間違い? と彼女の顔にはありありと書いてあった。
柘榴石のような真っ赤な目と白い肌は、まるで白ウサギのようなのに、漆黒の髪の両サイドはピョンと外に跳ねていて、伏せた猫の耳のようにも見える。
(だれだ、こいつは)
シュエットは開けっぱなしにしていた口を慌てて閉じると、取り繕ったように訝しげな顔をして目の前の男を見た。
不審者を見るような視線で見たせいか、男が怯えたようにたじろぐ。
「朝からすまない。その……大事な話があるから、部屋に入れてもらえると助かる」
「大事な話? 初対面の女の家に入らなければいけないほどのお話とは、どんなものでしょうか?」
「初対面……そうか、そうだな」
シュエットの冷たい言葉に、男はひどく傷ついたようだった。
まるでシュエットの方がひどいことをしたみたいだ。突然やって来て、部屋に入れろと言っている方が非常識なのに。
「僕はまだ、名乗ってもいなかったな。申し訳ない。昨日、あなたが僕の名前を呼んだから、知っているつもりになっていた。……僕の名前は、エリオット・ピヴェール。王立ミグラテール学院で先輩だった者だ、と言えばわかるかな?」
その……赤点大魔王のエリオットだ。
そう言って、男は困ったように笑った。
『エリオット先輩』
シュエットはたしかに昨夜、既視感を覚えてその名を口にした。
(エリオット先輩って、こんな人だったの?)
シュエットは信じられない気持ちでいっぱいだった。
(だってまさか、目を隠していただけでこの美貌が隠れるなんて、誰が思う?)
そうなのである。
シュエットの目の前には、目を疑うような美貌の男が一人。
かわいいとチヤホヤされる妹も、美人だともてはやされる妹も敵わないくらいの美しい顔が、そこにあった。
温厚そうな目鼻立ちに、癖のある黒髪。切れ長の深紅の目は、思わず見入ってしまいそうなくらい美しい。困ったように眉が下がっていても、彼の美麗さはちっとも損なわれていなかった。
(これで金髪碧眼だったら、パーフェクトに絵本の王子様なんだけど)
黒髪に赤い目。
この国ではちょっと珍しい組み合わせだ。
ここまで整っていると、まるで絵本に出てくる堕天使を彷彿とさせる。
美しく、清らかで、それなのに邪悪。
見つめられたら、ついうっかり唯々諾々と従ってしまいそうだ。
チラリと視線を上げたらフイッとそっぽを向かれてしまったから、それはなさそうだけれど。
「それで……あの……エリオット先輩が、私になんのご用でしょうか?」
昨夜のローブの男がエリオットなのはわかった。だからといって、なんだというのだろう。
(まさか、今更謝罪というわけでもないでしょう)
学校を卒業して、数年がたっている。
在学中の意味深な視線の意味を聞くには、もう遅すぎる気がした。
もう、時効だろう。本心は、気になるけれど。
「ここに、モリフクロウがいるだろう? それから、左腕に見覚えのないブレスレットも。それについて、説明させてほしい」
まるで話し慣れていない人のように、エリオットは早口でそう言った。視線は相変わらず、逸らされたまま。
(人見知りする人なのかしら?)
シュエットはわからないだろう。
恋を自覚した翌朝に、パジャマ姿の想い人と遭遇した時の青年の微妙な心境なんて。
意識してそらしていないと細い首や柔らかな胸元に視線がいきそうで、それでわざとらしいまでに顔を背けているなんて、わかりっこないのだ。
シュエットは悩んだ。
モリフクロウの件もブレスレットの件も、エリオットが説明してくれるという。
不思議に思っていた二つが同時に解決するなら、と彼女はエリオットを快く部屋に招き入れようとして──はたと気がついた。
ゆうべ、帰宅した時の部屋の惨状。
まるで物盗りが入ったのではないかというようなありさまだったのだ。
キッチンのシンクには、朝使った皿とカップが洗ってもらうのを今か今かと首を長くしていたし、リビングは、脱ぎ散らかした服が散乱し、そこかしこに読み途中の本が積み上げられている。
寝室も同じような状況で、シュエットはそれらを見て見ぬふりをしながら、否、見て見ぬふりをするためにベランダに出ていたと言っても過言ではない。
シュエットはチラリ、と自室を振り返った。
きっと人様にお見せできるようなありさまではないだろうな、と思いながら。
「……あれ?」
予想に反して、部屋はきれいなものだった。
リビングにあった服は見当たらないし、積み上げていた本も本棚に収まっている。
そういえばダイニングテーブルが使いやすかったなと思い出してそちらも見てみれば、やっぱりきれいに片付いていた。キッチンも、しかり。
「んんん?」
どういうことだかちっともわからなくて、シュエットは首をかしげた。
「部屋が片付いているのが不思議なのか? 必要ならば、それも説明するが」
「部屋が片付いているのも、モリフクロウやブレスレットが関係しているの?」
「どうだろう」
なんともいえない顔をして、エリオットは答えた。
とはいえ、部屋が片付いているのならば、シュエットに懸念するものはない。
「まぁ、いいわ。とりあえず、入ってください」
シュエットに「ありがとう」と頭を下げて、エリオットは二度目になる彼女の部屋へ足を踏み入れた。
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