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13 いつも通りとはいかない朝

 いつものように、自分のベッドで目を覚ましたシュエットは、くわぁと大きなあくびを一つして、これまたいつものようにベランダへと続く窓を開けた。


 チチチ、ピピピ、と小鳥がさえずる声が聞こえる。

 小鳥が鳴いている朝は、春だなぁと毎度思う。冬の朝は小鳥の声なんて聞こえないから、春になったばかりの今は特にそう思うのかもしれない。


 日光を浴びて少し目覚めた体を動かして、シュエットはキッチンへ向かった。

 ほんのり寒さが残る朝は、カフェオレに限る。たっぷりのミルクに、角砂糖を三つ。


 戸棚にしまってあった綺麗なカップを取り出して、琺瑯(ほうろう)の小鍋でカフェオレを作る。

 シュエットは魔術が使えないから、この家のコンロには炎の魔法石が使われていた。


 魔法石は、魔力がない人でも簡単に使うことができる優れものだ。

 異国ではよく使われているらしいが、この国にはほとんど必要がないものなので、とても高価らしい。父が娘にゲロ甘で良かったと、シュエットもこの時ばかりは思う。


 壁に引っ掛けていたパン焼き用の網を取って、火にくべる。

 ザクザクと切ったのは、パン屋で買ったレーズンパンだ。甘いぶどうの匂いに、思わず頰が緩む。


「そういえば……パン屋さんで聞いたっけ。レーズンパンのサンドウィッチもなかなかですよって」


 今日は帰りに肉屋さんでハムを買って、チーズ屋さんでチーズを買ってこよう。

 そんなことを思いながら、シュエットは戸棚から皿を取り出して、ミミがサクサクに焼き上がったレーズンパンを乗せた。

 ほんのちょっと焦げたレーズンの匂いが、たまらない。


 きゅう、と鳴るおなかをさすって、戸棚からバターケースを取り出す。

 焼き立てのパンの上に落としたバターがトロリととろけるのを見ていたら、カフェオレが吹きこぼれそうになっていた。


「あぶない、あぶない」


 慌てて火から外して、小鍋からカップに注ぐ。


 甘いカフェオレに、バターを塗ったレーズンパン。

 これがシュエットの、朝の定番だ。


 皿とカップを持っていそいそとテーブルにつく。

 いつもだったらゴチャゴチャとしたテーブルだが、今日はすんなりと物を置けた。


(昨日、帰ってきてから掃除したっけ……?)


 ぼんやりと昨日のことを思い出しながら、シュエットはサクリ、とレーズンパンにかぶりつく。バターとパンの甘さ、焦げたレーズンの苦みが口の中に広がった。


(子どもの頃はレーズンパンが苦手だったけれど、好きになったのはいつからだったっけ)


 口の端についたパン屑を舐めながら、カフェオレに手を伸ばす。と、その時だった。


 ──シャラリ。


 華奢(きゃしゃ)な金属が揺れ動く音がする。


「え?」


 見れば、左手首に二連のブレスレットがはめられていた。


「なにこれ。こんなの、知らない」


 パールとゴールドの二連のブレスレットは、シュエットの手首にフィットしていた。

 窓から注ぐ朝日に照らされて、キラキラ輝いている。


 買った覚えもなければ、もらった覚えもない。

 じゃあ一体どうしてくっついているのか。


「うーん……さっぱりわからない」


 昨日のことを思い返してみると、そもそも寝た記憶がなかった。


「というか、パジャマを着た記憶さえないんですけど……」


(ハッ! これはもしや、コルネーユから借りた恋愛小説にあった、朝チュンというやつでは)


 ふと目覚めたら、隣には見知らぬ男。二日酔いの頭を抱えながら、これはどういうことだと呟くヒロイン。そして、男は言うのだ。昨夜はかわいかったよ、と──!


 あいにく二日酔いによる頭痛などはないが、もしかしてということもある。

 シュエットは胸をドキドキさせながら、ベッドへ戻った。


 バサァと勢い良くふとんをめくる。

 しかし、寝乱れたシーツの波間に、男はいない。


「まぁ、そうですよね」


 だって、シュエットである。

 情熱的な一夜の恋、もとい過ちなんて犯すはずがない。


 地道に真面目にコツコツと。冒険なんていたしません。だって、三姉妹の長女なんだもの。


 そんなシュエットに、ラパスとモリフクロウが呆れたように「ホゥ」と鳴いた。


(そう、ラパスとモリフクロウがホゥって──)


「って、ええ⁉︎ なんでラパスの隣にゆうべのモリフクロウがいるの?」


 ラパスの止まり木に、ラパスとモリフクロウがとまっている。

 と同時に、シュエットは走馬灯のように昨夜のことを思い出した。


 飛来したモリフクロウ。

 階下に現れたローブの男。

 そして、モリフクロウが発動させた魔法陣──。


 剥がしたふとんを抱えたまま、シュエットは固まった。

 そして、まさかとブレスレットを睨む。


(魔法陣から現れた光は、私の左手首に絡みついていた。あの魔術が行使された結果がこれなのだとしたら……?)


 試しに、シュエットはブレスレットを外そうとした。


 ──バチン!


 シュエットの手を阻むように、ブレスレットが拒否する。強い静電気のような衝撃を感じて、彼女は慌てて手を引っ込めた。


「どういうことなの……?」


 ──ビィィィィィ!


 けたたましいチャイムが鳴り響く。


「こんな時に、来客? 誰かしら、もう」


 考えたいことが山ほどある。

 目を離したらモリフクロウが逃げてしまいそうで、シュエットは気が気ではない。


 ──ビィィィィィ!

 ──ビィィィィィ!


 しかし、チャイムはシュエットを急かすように鳴り続ける。

 無視し続けることも出来るが、近所迷惑になりかねない。

 シュエットはしぶしぶ、パジャマの上からカーディガンを羽織ると、玄関へと向かった。


「今開けますから! チャイムを連打しないでください」


 モリフクロウが逃げないかチラチラと確認しながら、シュエットはドアノブに手をかけた。

 いつもだったら覗き窓から相手を確認してから開けるのに、モリフクロウに気を取られた彼女はそれを怠る。


「はい、どちら様ですか?」


 開けた扉の先に居たのは、昨夜見たローブの男。のはずだ。たぶん。

 今は顔を隠すつもりもないのか、その素顔をシュエットの前に晒している。


読んでくださり、ありがとうございます。


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