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11 最悪な巡り合わせ②

 いかにも優等生然(ゆうとうせいぜん)とした彼女は、学生時代の兄を見ているようだった。

 なんでも完璧で、友だちもいる人気者。

 自分とは、まるで正反対。

 だからつい、エリオットは的外れだと自覚しながらも、恨みがましい気持ちで彼女を睨んでしまった。


 キャッキャと楽しげに笑いながら去っていく背中を見たのは、ほんの一瞬のこと。

 エリオットはすぐに、


(なにを馬鹿なことをしているんだ)


 と目を閉じた。


「どうしたの、シュエット?」


「ちょっと、視線を感じて……でも勘違いだったみたい」


 遠くから聞こえる声に、エリオットはギクリとした。

 たった一瞬の視線を、まさか気付かれるなんて思ってもみなかったからだ。


 特徴的な赤い目を隠すように長く伸ばした前髪越しに、エリオットはうっすらと目を開けて様子を窺った。


 シュエットと呼ばれた少女以外の二人が、視力が弱った老人のように両目を細めて、こちらを見ている。

 身動きしたら起きているのがバレてしまいそうで、エリオットは懸命に寝たフリを続けた。


 その間にも、二人の少女は好き勝手に喋っている。

 エリオットはない、だとか。

 いつもボッチの暗いヤツ、だとか。

 赤点大魔王、だとか。


 少女たちの言葉にややネガティブな妄想を混ぜながら、エリオットは眉間にシワを寄せた。


 そんな少女たちにシュエットは、


「確かに。それだけ聞いたら、私とは正反対ね?」


 と言った。


 エリオットはやっぱりな、と思った。

 そして少し、悲しくなった。そう、少しだ。決して、すごく悲しくなったわけではない。


 それから、二人の少女はまた好き勝手言った。

 もうその頃には、エリオットは彼女たちに興味がなくなっていて、早く三人がどこかへ行けばいいのに、なんて思っていた。


中庭(ここ)で思う存分眠って、悲しい気持ちをリセットしてしまいたい)


 そう、思っていた。


「そうかしら?」


 二人の言葉を否定するように、シュエットは言った。

 ──そうかしら。

 それは何に対して言っていたのか。


 ちゃんと聞いていなかったせいで、よく分からない。

 けれど、その言葉はやけに耳に残った。


「私、甘えるより甘やかす方が得意だけれど」


 そう言うシュエットに、エリオットはそうだろうと訳知り顔で頷きそうになった。

 だって、彼女と似ている兄は、いつもエリオットをあの手この手で甘やかそうと必死だ。

 両親の愛に恵まれないエリオットをかわいそうに思ってか、いつもあれこれと世話を焼いてくる。

 少々やり過ぎがたまに傷だが、それでも彼が一生懸命なのがわかるから、エリオットは兄を嫌えないでいた。


「でしょうね。でもさ、シュエットがどうしようもなく疲れてしまった時、そういう男は助けてくれないよ? そういう時でも“俺の飯は?”なんて聞いてくるって、姉さんが言ってたもん」


「うんうん!」


 だが、続いた会話にエリオットはやっぱりなとなった。

 やっぱり、エリオットなんて誰も好きになってくれない。

 どんなに頑張っても兄のようになれないし、こうしてやさぐれることしかできないのだから。


 情けなさにそっと息を吐いていると、話題は恋愛小説のことになっていく。

 包容力のある大人の男性がモテるというような内容に、やはり兄のような人物でなければ愛してもらえないのだと、エリオットは落ち込んだ。


 それからだ。

 エリオットの視界に、やたらとシュエットが入り込むようになったのは。


 どういうことだか、ちっとも分からない。

 彼女は一体、何がしたいのだろう。


 友だちになりたいのだろうか。

 初めての友だちを夢想して、エリオットは少しだけ嬉しくなった。


 だけど、エリオットから話しかける勇気なんてなくて。

 そもそも、話しかけるにはどうすればいいのか。

 そんなことを考え込んでいるうちに、彼女は視界からいなくなってしまう。


 これじゃあ、友だちになんてなれっこない。

 そんな時、エリオットはふと思い出したのだ。シュエットの友人が言っていた言葉を。


 彼女は確か、こう言っていた。


『最近読んだ恋愛小説にもそんなものがあったわ。そして、包容力のある男性が手を差し伸べて、彼女はそっちに気持ちを傾けていくの……』


(それだっ!)


 エリオットは図書館へ向かうと、片っ端から恋愛小説を読み漁り出した。

 幸い、授業に参加しなくてもお咎めなんてなかったから、時間はたっぷりある。


 さらにラッキーなことに、図書館からは中庭に面した廊下がよく見えた。

 別棟へ向かう彼女を見る機会が増えて、知識まで増える。


 よいことづくめで、エリオットはホクホク顔だった。

 あの時までは。


 それは、エリオットが卒業を間近に控えた頃のことだった。

 シュエットを見つけてから、声さえかけられないまま一年半が経過し、もう後がないと焦っていた時である。


 いつものように図書館で恋愛小説を読んでいたエリオットは、ズンズンと足音がしそうな勢いで廊下を歩いていくシュエットを見つけた。


(彼女はどこへ向かうつもりなのだろう?)


 らしくもない荒々しい足取りで、廊下を突き進むシュエット。

 本から顔を上げてエリオットが彼女の背中を見守っていると、一人の男子生徒がシュエットに声をかけた。


「なぁ、シュエット(せんせい)。ちょっと授業でわからないところがあってさ。今から図書館で教えてもらえないかな」


 気安くシュエットの手を握る男子生徒に、エリオットの気持ちがささくれ立つ。


(僕なんて、まだ声もかけられないのに!)


 エリオットは喉から手が出るくらい友だちが欲しくてたまらないのに、男子生徒は容易く彼女に触れている。


(そもそも、唐突に女性の手を握るなんて、非常識では?)


 イライラする。

 湧き上がる感情の勢いに呑まれそうだ。

 今なら、男子生徒に話しかけられるような気さえする。


(そうだ。失礼な態度を取る彼から、シュエットを助けたら、話すきっかけになるんじゃないか?)


 ようやく機会が巡ってきた。と、思ったのもつかの間のこと。

 次いで聞こえてきたシュエットの声に、エリオットは調薬用の大釜が頭上に落ちてきたような衝撃を受けた。


「ごめんなさい。私、今からエリオット先輩のところへ行くの。いつも物言いたげに見てくるから、もうやめてって抗議しに」


 その後は、どうしたのか覚えていない。

 気付けば、王宮の自室のベッドに寝ていた。


 朝起きて、学校へ行って、ご飯を食べて、寝る。

 何度か繰り返したら卒業の日はあっという間にやってきて、エリオットはショックから立ち直れないまま、魔導書院の院長に就任した。


 友だちなんて。


(もう、こりごりだ)


 友だちなんて、いらない。

 恋人なんて、論外。

 だから当然、結婚相手なんて興味ない。


「……そう、思っていたのに。なんで……」


 愕然としながら見上げていると、彼女の唇が動いた。


「エリオット先輩……?」


 ああ、どうして──、


(嫌われていることを知っているのに……僕は、彼女に名前を呼ばれることが、こんなにも嬉しい)


読んでくださり、ありがとうございます。


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