01 ヴォラティル魔導書院の禁書
ああ、やってしまった。
エリオットは窓の外を見上げ、困り果てていた。
「そんなつもりは、なかったのだが」
齢二十二の若き公爵、エリオット・ピヴェールは、広大なリシュエル王国の王都にある、ヴォラティル魔導書院の院長を務めている。
新月の夜空のような色をした黒髪は無造作に伸ばされ、あちこち好き勝手に跳ねていた。
もっさり。そんな言葉がぴったりな頭である。
まるで、ケサランパサランの黒バージョンだ。もっとも、彼を見つけただけで幸せになることはないのだけれど。
決して貧相な体格ではないのに、自信なさげに猫背になっているせいで頼りなげに見える。ただの庶民な彼の部下の方が院長と間違われてしまうのは、そのせいに違いない。
正直に言おう。
エリオットを一目見て、公爵だと見抜ける者はいない。
さて、そんな彼だが。今現在、少々困ったことになっていた。
彼の隣では、鳥籠を持って嘆き悲しむ部下が、窓枠にへばりついて何事かを叫んでいる。
「うるさい」
「うるさいってなんですか、うるさいって! こんなことになっているのも、全て院長のせいでしょうに!」
キャンキャンと騒ぎ立てる部下に、エリオットは再び「うるさい」と気怠げに呟いて、眉をひそめた。
ヴォラティル魔導書院。
魔導書院とは、その名の通り、魔導書を保管する図書館のような場所である。
魔導師たちの研究によって生まれた、新たな魔術を書き記した魔導書には、別世界の住人や精霊の類と交信する手段であったり、魔力を持ったアイテムの作り方であったり、魔術儀式の手順などが書かれている。
これらは全て例外無く、ヴォラティル魔導書院に保管するのが国の決まりだ。
ヴォラティル魔導書院へ保管される魔導書には、漏れなく特殊な魔術が施される。
それによって、ここが世界中類を見ない、珍しい場所になるのである。
エリオットは開け放たれた窓の外を見上げて、覇気のない声で「あーあ」と呟いた。
彼の視線の先には、一羽のフクロウがパタパタと翼を羽ばたかせて飛んでいく姿がある。
実に自由で羨ましい。いや、そうではなく。
「どうしようね」
とても困っているようには思えない、のんびりとした声。
だが、事態はそんなのんきな状況ではなかった。
「逃げないでぇ! お願いだから、戻ってきてくださぁぁぁい!」
窓枠から身を乗り出して遠い空へ手を伸ばすのは、エリオットの部下であり、この魔導書院の副院長である。
遥かかなたに消えていくフクロウは、何を隠そう、このヴォラティル魔導書院が所蔵する魔導書であった。
ここが世にも珍しいのは、所蔵する魔導書が全て、鳥の姿をしているからだ。
ゆえに、魔導書院の中は本棚の代わりにたくさんの止まり木が設置されていて、鳥たちは自由気ままに好きな所で止まって休むようになっている。
魔導書院の建物を囲むアイアン製の柵には美しい細工が施されていて、それも相まってか、ヴォラティル魔導書院は鳥籠のようだと表されていた。
魔導書は、大型の鳥から小型の鳥まで、実にさまざまな姿をしている。
貸し出しする際には特殊な魔法陣で貸し出し審査を行い、魔導書のかたちにしてから渡され、戻ってきた魔導書は、再び魔法陣にて鳥の姿に戻されるシステムだ。
フクロウの姿をしている魔導書は、禁書と呼ばれる類のもので、絶対に外へ出してはいけないものだ。主に、王族の婚姻に関わる古の魔術が記載されているためである。
普段、フクロウたちは院長室にある止まり木で休むことが多い。
王族関連の魔導書だからなのか、王弟であるエリオットのそばを好んでいるようだった。
禁書は、三羽。
まんまるもふもふな【嫁選びの書】、お面を被ったような顔をしている【婚約の書】、雪のように白い翼を持つ【婚姻の書】である。
モリフクロウは、エリオットがいい歳して恋人の一人もいないのを気にかけているようで、嫁選びの魔導書らしく、いつも物言いたげにジトリと彼を見つめていることが多い。
その日、エリオットは押し付けられた雑務に嫌気がさしていた。
ひと月後に控えた魔導書院の引っ越しのため、いつもにはない仕事が日々増えながら舞い込み、そうでなくともやる気のないエリオットのやる気を削いでくる。
その上、兄である王は未だ独身を貫く弟に要らぬお節介を焼いて、縁談をしこたま持ってくるのだ。
山と積まれた釣書に、エリオットのやる気はますます目減りする。
「結婚相手なんて、誰でも良い……」
「ギァァァァ!」
エリオットの言葉に反論するように、モリフクロウは羽を広げて自分の体を大きく見せながら威嚇した。
「なんだよ」
「カッカッカッ!」
今度はクチバシを鳴らして威嚇する。
そんなモリフクロウにムッとしながら、エリオットは言い返した。
「だって、仕方がないだろう。僕は兄上のようにカッコよくないし、優秀でもない。こんな僕のお嫁さんになんて、きっと誰もなりたくないよ」
じゃあ、この釣書は何⁉︎
そう言いたげに、ふわりと飛来したモリフクロウが、机の上に積まれた釣書の山に着地する。
「……兄上が無理やり取り付けてきたのだろう。どれも名家のお嬢さんの釣書ばかりだ。僕なんかにはもったいない子ばかり。そうだ。もういっそ、おまえが選んでくれよ。おまえは嫁選びの魔導書なのだろう? ピッタリな役目じゃないか」
「ホッホゥ」
分かった、そうする。
モリフクロウは釣書なんて目も留めず、ふわりと舞い上がった。
止まり木にいたはずのメンフクロウとシロフクロウも、バサリと羽を広げる。
命じられた彼女たちの仕事は素早かった。
メンフクロウとシロフクロウは突進して窓をこじ開け、モリフクロウが素早く外へと飛んでいく。
じゃあ、行ってきます。
モリフクロウはあいさつするようにくるりと旋回して、飛んで行った。
その様子を、たまたまエリオットの仕事の進捗具合を監視しに来た部下は、目撃してしまったのである。
「うわぁぁぁぁん! 院長のせいで逃げちゃったじゃないですか! どうしてくれんですか、もう!」
「どうもこうも、捕まえるしかないだろうね」
「なに呑気なこと言っちゃってんですか、クソ院長! 新しい魔導書院へ移動するまで、もう一ヵ月しかないんですよ⁉︎」
「上司に対してクソって、ひどくない? 僕、これでも公爵なんだけど」
「禁書を逃すような阿呆は、クソですよ! 俺、庶民なんで、公爵とか伯爵とか、どれがどう偉いのか分かりませんしね!」
「まぁ、いいんじゃない? それで。媚びないおまえが、僕は好きだよ」
「そんなこと言ったって、俺は許しませんよ! それより、これからどうすんですか〜!」
禁書を失くしただなんて、とんだ大失態である。
やる気いっぱいで飛び出していったモリフクロウに、エリオットは嫌な予感しかしない。
「まさか本当に、嫁を連れてくるつもりか……?」
そんな奇特な女性が、この国にいるわけがない。
ヨシヨシと部下の頭を撫でながら、エリオットはため息を吐いた。
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