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まずはシンプルに、真っ白おかゆ

おかゆの作り方は簡単だ。

生米からでも作ることができるし、炊きあがったご飯からならなお簡単だ。善は急げとばかりにネルラの替わりに新しくついたメイドを呼び寄せようとしたが、事は内密に勧めたい。確実に、ネルラはスパイを残している。ラビィの行動は、ネルラに筒抜けとなる可能性がある。


それならば、と自身の足でキッチンに向かうべしと立ち上がったが、無理だった。ついでに言えば、そろそろ夕方にも差し掛かり、厨房は屋敷の食事の準備でてんてこ舞いだろう。悪女であれとネルラから指示を受けてはいるが、隷従から解放された今となっては、できることなら屋敷の人間への嫌がらせは最小限にしたい。今までもさんざん迷惑をかけてきたのだ。



というわけで、体を休憩させつつ、日が沈んだ中、ひっそりと厨房に向かった。入ってみると若い男が一人、必死に後片付けを頑張っている。


「ちょっと、あなた」


いつものごとく傲慢な声を出した。鍋を洗っていた使用人が周囲を見回した。「こちらですわ。あなた、目が見えていまして?」 面識はない、が、あちらからすれば白銀の髪を見て、ヒースフェン家の人間と理解したのだろう。ついでに年と性別を考えれば、ラビィ以外はありえない。はわっと男は口元を抑えた。頭のおかしいヒースフェン家の長女と言えば、我ながら悪名も高く、二人きりの厨房で困惑するのも無理はない。


とは心の底で思いつつも、ラビィの気持ちはすでにおかゆ一色だった。すでに腹の痛みが苦しい。空腹も過ぎればただの痛みとなり、脳内からカロリーを静かに消失させていく。とにかく馬鹿になっておかゆを食べたい。


「あなた、おかゆを作ってくださる?」

「へ、お、おかゆ……?」


問いかけたところの反応を見ると、この国におかゆの文化はないのかもしれない。そういえば煮込み料理のレパートリーはあまりなく、素材を生のまま味わうか、姿かたちを残したままの肉にむしゃぶりつくようなメニューが多いことに気づいた。さっぱり系和食の味など、遠い彼方なのかもしれない。


それなら仕方ない、と使用人に調理を伝えようとして、そういえば、と考えた。ネルラのスパイがどこにいるかもわからない、と考えていたばかりじゃないか。食べ物は特に重要だ。何を入れられるか分かったものではない。ゆらりとラビィは足を踏み出した。使用人が体を震わせながら後ずさる。小さく悲鳴を上げていた。ガリガリの体で、夜の厨房、幽鬼の如く踏み出す姿はちょっとしたホラーだったのだろう。可哀想に。


「あなた、ちょっと」

「ひいいいい、俺は故郷に残した老いた母親がおりまして、俺の仕送りを心待ちにしてるんですぅ!!!」

「それはいいからちょっと」

「仕送りの日には肉のスープを食べることが唯一の楽しみなんです、ご勘弁くださいませーーー!!」

「だからそれはいいから。というかうちの給料そんなに安いの。ちょっと見直した方がいいんじゃない」


いやそれは、俺はまだ見習いですんでと答えを返す使用人の手を、そっと握った。「細い!!」 恐怖に引きつらせる顔ようるさいぞ。「何もしないから。ちょっとこのお鍋、貸してくださらない?」







丁度いいことに冷えたお米を発見した。鍋の中にお米を入れる。そしてその中にさらに水を投入した。「ひいっ!」 背後で使用人が両手で口元を覆っているが、ラビィは気にしない。少ないな、と思い、さらに水を増やす。そして火にかける。「お、お米が、ぐ、ぐっちゃぐちゃに……」 使用人は震えていた。彼らの常識からすれば、ラビィの行為は奇行そのものだ。おかゆの魅力を知らないやつらめ。


一人暮らし時代はカップラーメンがお友達だったものの、人並み程度には彼女の前世は料理が好きな女性だった。休みの日には無駄に手が込む料理をつくったものだ。木べらでご飯の固まりを細かくしている内に、ふつふつと鍋が沸騰して、少しずつ水が白くとろけてくる。おかゆの魅力とは、白飯さえあればお手軽簡単なところである。水の分量さえ調節すれば、柔らかさも思いのままだ。今回はだいたい、お米の三倍程度の水を入れて、ちょっと柔らかすぎるくらいにしてみた。


さらにこれに塩をさらりとかけてみる。見かけはまったく変わらないくせに、これで段違いに味がよくなる。レンゲなど高度なものはない。味見とばかりにスプーンをさくりと鍋の中に投入した。空腹の前にはマナーなど気にしてられない。


「んふっ、あっふい……!」


しかしこれがおいしい。たまらない。「おい、ひい~~~!!!」 五臓六腑に染み渡る。これがレンゲだったらいいのに。もしくは木のスプーンだったら。そうすれば舌の上でもとろけた味を楽しむことができるのに残念だ。


ラビィは泣いた。これを求めていた。魂は日本人だったのだ。この世界に、せめてお米があってよかった。神様がいるか知らないけれど、ありがとうと天を仰いでいるとき、背後では使用人が魚のような目をして、彼女の姿を見つめていた。どんびかれていた。




***




「ま、まあ仕方ないわよね……」


おかゆの文化がないのだとしたら、ラビィは魔女のごとく夜に鍋をぐるぐるとかき混ぜ、謎の物体をうまいとのたまう変人である。まあ、今更屋敷の人間の評価など気にしないというか、このまま話がネルラに伝わり、相変わらずおかしなままだと思ってくれるのならそれでいい。


とは言え、表情の固まった使用人の前で食べ続けるには覚悟がたりない。あとは部屋に持っていくわと皿に入れて、そのまま持つにはひっくり返るかもしれないし、そもそも自室まで休憩なしで戻ることができる自信もない。おかゆとは熱さも肝心だ。


なのでカートを借りて、まるでメイドのごとくからからと押してみた。これはいい。一人でしゃっきり立つよりも、何かを押していた方が進みがいいのである。世のおばあちゃん方がカートを押す気持ちがわかった。


とは言え、さすがにラビィはヒースフェン家の令嬢だ。今更にはなるが、メイドと同じく食事を台に乗せて転がす姿を誰かに見られてしまっては、さすがにちょっと、どうなんだろうか。常識的に考えればおかしな行動だ。今更評価なんて、と二度目の考えを持ちながらも、さすがに人通りの少ない廊下を歩いていく。ここまで来ればヒースフェン家のプライベートな空間だ。夜になれば、メイド達と鉢合わせはしまい。と思ったら、弟と鉢合わせた。


彼は小さな体でこちらを見上げながら、ラビィの荷物に目を向けた。それから、ラビィを見つめた。彼女が弟と顔を合わせることはひどく久しぶりだ。挨拶の一つもすべきかと逡巡したところ、彼はラビィをゴミを見るような目で蔑んだ。







「まあ、家族仲が最悪なことは知ってたけどね!」


ゲラゲラ笑いながらお粥を食べた。塩が効きすぎたのかしょっぱかった。


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【コミカライズ版書籍情報】
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