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転機


ネルラと戦おう。


そうはっきりと思えるのは、彼女が魔法を残してくれたからだろうか。それは小さなラビィの胸の中で、溢れるような光を詰め込んだ、勇気という言葉に変わった。


(逃げたくなんてなかった。戦いたかった)


でも自分には無理だと、そう諦めていた。諦め悪く準備をして、無理だと自分に言い聞かせていた。「決めたなら、動かなきゃ」 マリから隠していた様々なものをひっくり返して、部屋の中から飛び出した。サイがいれば安心だと思っていたのに、彼の目を盗んで素早く行動を繰り返した。マシューにも確認をしなければいけない。授業を終えたところで、囲い込み、いくつかの質問をする。まともに会話ができるようになったことはありがたいことだ。


それからレオンの店だ。まったくもって忙しく、以前よりもさらに目が回る日々だった。ラビィは普段よりも念入りに池パチャを繰り返した。それこそ執拗に。


「……ラビィ様」


ぱちゃぱちゃ。


「ラビィ様」


ぱちゃぱちゃぱちゃぱちゃ


「ラビィ様!」

「はいっ!!!」


久しぶりのサイの圧力である。見下されてみると迫力が違う。最近はあまりの優しさに忘れがちであったけれど、彼は圧迫感に定評のある人材だった。


濡れてしまった手のひらをタオルでふきながらも、「何かありましたか?」 素知らぬ顔をしてみた。サイは無言のままにラビィを睨んだ……ように見えたが、実際のところ目を細めているだけで、この迫力なのだということをすでに知ってしまっているから、何の問題もない。最近は、ラビィもすっかり笑顔も板についてきた。


にこにこ顔で彼を見ていると、サイはしばらくの間のあと、ため息をついた。「最近、なにかご様子が」 サイにも感じるものがあるのだろう。とは言え、このまま適当に笑ってごまかそう、とにこにこしていたのだが、予想外の言葉に反応してしまった。「以前よりも、ひどくおやつれになっているようですし」「なんですって!!!?」 久しぶりの狂った令嬢のご出動である。


悲鳴をあげつつも、ラビィは自身の頭を押さえた。「や、やつれている……やつれている!!?」 例え微々たる変化であろうと、常に健康であれと呪文の如く唱え続けてきた彼女だ。(それなのに、この、この、私が……!!!?) あまりの忙しさに、食での補給が補えなかったということだろうか。悔しさにラビィは崩れ落ちた。


そんな彼女に改めてため息をついて、サイは膝をついた。「ラビィ様、何かご熱心にされていらっしゃるようですが、不安があるのならまずは俺に言ってください」 戯れついでにくっついていた池の藻を握りしめながら、ラビィはサイを見つめた。男前だ。


いや、ほんとに男前だ。口調もさながら、態度までが胸にきた。これは勘違いをしてもしかるべきだとラビィは冷静に自身の脳内を平手で打った。おそらく惚れた弱みである。相手のただの一言でさえも、深読みをしたがる。「い、いえ、大丈夫、です」 冷静に返事をしたつもりが、声が震えてしまった。そのことでさらにサイが顔を近づけるものだから、池の中に飛び込んでしまいたくなった。そうすれば熱くなった頭も冷えるに違いない。



「本当に! 大丈夫、です」


彼を信用していないわけではない。けれども、これはラビィの問題だ。彼女が一人で戦い切るための準備なのだ。


びしりと仁王立ちで立ち上がる彼女に、サイはそれ以上何も言うことはできなかったが、彼なりに違和感があった。常に何かにおびえていた彼女が、今度は自分の足で歩き始めている。瞳を細めた。




相変わらずの距離で、彼らは中庭から学舎に戻った。安心する。けれどもやっぱりどこか寂しい。それでも多分この距離は一生変わらなくて、それどころかもっと遠くなってしまうに違いない。(サイ様と、私じゃあ、どう考えても釣り合わない) 家柄はラビィの方が高いし、バルドとの婚約破棄も秒読みだろうが、そんな問題ではない。


すでに鶏ガラだか煮干しだかわからないが、とにかくこんな女が懸想したところで、迷惑という言葉の一言でしかない。


だから彼を大切に思う気持ちには、きっちりと蓋をしよう、とラビィは誓った。もしかすると、勝手に一人想う程度のことはするかもしれないけれど、その程度は許して欲しい。そんなことよりもネルラだ。いつの間にやらラビィの細い肩には、『この国を守る』という、大層な目的がのしかかっていた。砕けて崩れてしまいそうだけれど、泣き言なんて許されない。


(できる限りの情報は集めた。あとは、根回しさえすれば……)


正直なところ、それが一番むずかしい。どうしたものか、と唸りながら歩いていたとき、目の前に見覚えのある少年がふらふらとそこいらを歩いている。くせっ毛な緑髪を、赤いリボンで束ねていて、うろちょろと周囲を見回しながら怪しげな動きだ。



「あれ、お嬢様」


こちらから声を掛ける前に、少年がとてとてこちらに近づく。いつの間にか、サイがラビィをかばうように前に出ていた。彼の剣呑な顔つきに、向こうまでが同じ顔を作り出す。いけない、とラビィはすぐさま声を上げた。「サイ様、大丈夫です、こちらの方は私の顔見知りの商人です」 この間ぶりですわね、となるべく友好的な声をつくって、ラビィはレオンに声をかけた。


彼はカメレオンの男だ。こちらが警戒すればするほど、まったく同じ態度をとる。なので慌てて間に割り込んだというわけだ。


「レオン、こちらはサイ・ナルスホル様です。普段は皇子の護衛を勤めていらっしゃる方です」

「ああ、あの聖騎士長のご子息かぁ。はじめまして、俺はレオン・ハミリオン。聞いての通り、ハミリオン商会のものだよ」

「……サイ・ナルスホルです」


朗らか、というには少し難しいが、なんとか挨拶は終了したようだ。とは言え、なぜレオンがここにいるのか。(もしかして) 彼の服装を見た。嫌な予感がする。


「……レオン、あなた、もしかしてなのだけれど」

「あ、見てわかった? そうそう、俺もこの学院に編入することにしたんだぁ」


真新しい制服を見せつけて、レオンはにかりと笑った。「……どうして?」 ラビィの口調が冷えてしまったのは、仕方のないことなのかもしれない。なぜなら、レオンは彼のイベントを進めない限り、学院に編入してくることはないからだ。その上、彼の編入時期は、ゲーム本編ではさらに先となるはず。交流戦が終わったばかりの、まだこの暑い時期にやって来ることは、まずありえない。



そんな冷え切ったラビィに気づいてか知らずか、レオンは相変わらず楽しげに頭を揺らつかせた。「はは、どうしてって」 ゆっくりと、ラビィに指先を向ける。「だって、こんな面白いのがいるんだもの。やばくて面白い。学院に興味がないわけじゃなかったし、来たくもなるよ」 


――――完全に、ストーリーがおかしくなっている。



本来なら、その言葉はネルラに告げるべきだ。ラビィは愕然として、瞳を見開いた。物語が、急速に動きつつあった。ラビィの行動の変化が、様々なものに影響してまるで波紋のように広がっていく。






それから幾夜を過ぎて、ランプの明かりのみを頼りに、少年は小道を歩いた。ときおり聞こえる人声から隠れて、けれども素早く足を動かす。覚えのある道だ。間違えることはない。たどり着いた壁を前にして、小さな音を鳴らした。彼の灰色の髪が深くかぶったフードから覗いた。


「お久しぶりです」


壁の向こうから、声が聞こえる。互いに姿は見えない。それが彼らの連絡法だ。「少し、面倒なことになった。頼めるか」 そりゃあもちろん。聞き慣れた軽薄な声にサイは息をついた。


「すでに準備は抜かりなく。我が、主様のためにね」




***






ラビィは、ネルラを理解しきってはいなかった。

彼女がネルラと戦う準備を行う時間があるということは、ネルラにとってもそうだった。ネルラは急速に地盤を固め、自身が聖女であることを主張し、あるはずもないラビィの罪が白日のもとにさらされた。


こうしてラビィは断罪の日を迎えるまで、屋敷に閉じ込められることとなり、周囲から一切の関わりを絶たざるを得なかった。すでに彼女の斬首の日まで、指を数えるばかりである。


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【コミカライズ版書籍情報】
Palcy様、pixivコミック様にて連載中です。
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