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馬の魔道士2


真面目になさった方がいいのでは。



軽蔑の瞳というものには慣れているし、マシューの言い分も、実のところある程度は理解できた。長期休暇があけてから、今のラビィとなってからはともかく、それ以前、彼女は決して立派な生徒ではなかった。欠席は多かったし、体力もなく、いつも息苦しくて辛かった。


それでもネルラがいる屋敷よりはと無理やりやって来ていたものだから、試験の点も足りなくて、才能もなくて、そもそもよい成績を修めることすらネルラに許されず、もがいて苦しみながらも、フェルとの気まずい空気も誤魔化して馬車を使って学院を行き来していた。


そんな多くの教師たちが見てみぬふりをしていたラビィに、こうも堂々と言うには妙な清々しさを感じたが、それはともかく、彼の今までの行為を思い返して、おいおいこら待て、とさすがのラビィも喉から低い声が出た。そんな様々な気持ちをおしこらえての、「は?」の一言である。


マシューとしても、いつかラビィに言ってやろう、とすえかねたものがあったのだろう。ラビィと顔を合わせたくもないらしく、ふいと視線をそらされた。


「噂は、以前から聞いていましたが、あなたの授業態度には、呆れるものがありました」


そう言った揺れた彼の髪を見ると、真っ黒な髪の先っちょはなぜだか白く、ラビィはどちらかと言うと銀に近い髪色だが、彼はただの白色で、見る度に不思議な二色の髪色だった。ついでに横顔を見て、苦虫を噛み潰したような顔というのは、こんな顔をしているのだろうな、と考えた。それについては、なんの言い訳もできない。たとえ理由があったところで、その言い訳をできるわけもないし、教師たちを不愉快にさせていたのは事実だからだ。


「その上、なんですか。試験のあの点数は。はっきり言って、手を抜くにもほどがある」


吐き捨てられた言葉を聞いて、本当に一瞬、マシューが何を言っているのかわからなかった。「ラビィ・ヒースフェン、あなたは公爵家の人間でしょう!」 そう、周囲の状況も考えず、大人気なく青年が叫んだところで、なるほど、とラビィは理解した。『ハリネズ』の知識を照らし合わせて、やっとこさわかったことだ。




――――マシュー・ツェーブラは、幼い頃から天才ともてはやされた。魔力量こそは公にはなっていないものの、彼が物心ついたころから、その繊細な風の扱いは、大の大人でも舌を巻くほどで、この能力ならば王専属の魔道士となることもありえなくもない、と両親達は期待に胸を膨らませていた。


そもそも彼は、そうあるべく生まれた。魔力とは掛け合わせるもの。高い魔力二つを掛け算すれば、より大きな力を持つ子供が生まれることは常識で、もともとの魔力量の多い位の高い貴族ほど、さらなる躍進を望むことができる。位が低い貴族はその反対だ。


マシューはラビィの生家であるヒースフェン家とは比べ物にならないほど、落ちぶれた貴族の家の子供だった。両親はともに魔力が低く、生まれる子供も、大して期待できるものではないとわかっていた。だから彼らは“実験”した。彼がまだ意識もなく、小指の先程の体で、母の体内をぷかぷかと泳いでいたとき、様々な薬効を求めて怪しげな薬を飲み、魔力を絶えず与え続けて、言葉というまじないを刻み込んだ。


そうした彼ら努力が実ったのか、それともただの神のいたずらなのかはわからないが、マシューは類稀なる魔力量を持ってこの世に生まれた。その代わり、白黒のおかしな髪色をしていて、人々からは奇異の目で見られた。


なのになぜ、人付き合いが下手くそなただの一介の教師になったのか。答えは簡単だ。彼が下級貴族だったからだ。いくら魔力の扱いがうまくとも、魔力量が多かろうとも、下級貴族というだけで、王宮魔道士の選定からはじき出された。


階級で爪弾きにされたからこそ、彼は誰よりも階級を重んじた。聖女という力があるものを信仰し、そして己とは違い、誰からも愛される聖女という存在を心の奥底では憎んでいる。そんな中、ヒロインであるネルラが聖女であることが判明し、マシューは盲目的にネルラを愛した。


不器用なのか、歪んでいるのかわからない彼の人格を、ネルラは少しずつ紐ほどき、優しく包容するが、結局彼女もマシューのものになることはない。だからこそ、眠るネルラの口元に、こっそりと毒を忍ばせ、自身もその後を追おうとする。死しても、あなたのそばに何やらかんやらと言いながら終了する、いわゆるヤンデレである。


個人的には毎度毎度ラビィに毒を飲ませようとするネルラと合わせて、とってもお似合いなのでは? と思っているがそれはさておき、彼は生まれながらの天才であるから、つまずいたことなどない。そして、“上級貴族なのだから、この程度のこと、誰でも簡単にできる”はずだから、ラビィの行動に、理解ができない。自身がイレギュラーな存在として、下級貴族から生まれた天才であるはずなのに、彼の凝り固まった考えでは、ラビィがその反対の、平凡な存在であることなど、思いもよらないのだ。



「遊び半分で、あんな点を取るなどと……まったく、理解に苦しむ」


だから自身が作ったテストの問題に、いちゃもんをつけられたように感じている。ラビィはただ、全力で挑んだだけなのに。



とりあえず、ラビィはゆっくりと息を飲み込んだ。毎度毎度、渡される紙が足りない理由は、今までのラビィの不真面目な態度のせいだ。だから、仕方がない。適当に流して、あらそうですか、なんて笑ってやって、彼との関わりを少なくすればいいだけだ。それでも。


「私は、あなたのような、自身の力を出し惜しみ、ただ生きているのみである貴族を軽蔑します」 


マシューは、氷のような冷たい言葉を吐いた。軽蔑結構。見事にかいかぶられたものだ。それでもだ。




――――これってどうよ?


ラビィの事情をマシューが知るわけもない。でもこれって、怒ってもいいことなのではないだろうか。彼女は、たしかに全力で挑んだ。力の限りぶつかった。それなのに、ラビィの努力の程度を、勝手に決めつけられた。「こんの……」 地響きのような音が聞こえた。それは意外なことにも、自身のうめき声であることに気づき、次のセリフを考えた。頭の硬いヤンデレが!!!


なんて、ことはさすがに言えないが、無意識にも、攻撃的なセリフを選んで吐き捨てていた。



「この、白黒頭のあんぽんたんが!!!!」


いや外見のことを言うのはよくないよね?


と、慌てて言葉を引っ込めようとしたが、吐き出したものがもとに戻るわけもない。ちなみになぜこのセリフを選んだのかと言うと、彼は髪の先が白いことがコンプレックスで、幾度も染めることに失敗している。彼のイメージキャラクターはシマウマなのだ。


白黒頭、と罵られたマシューは端正な顔を埴輪のようにしたかと思ったら、言われた内容をじわじわと飲み込み、今度は怒りに顔を赤く染めていく。


「あ、あんぽんたん? な、なな、なにを、あなたは……!!」


ここまで来たからには戻れない。覚悟を決めた。


「が、外見について言及したことについては謝罪致します」


とは言え、やはりゲームの知識をもとにして、相手にダメージを与えようとしたことは最低だ。自己嫌悪した。彼にとって、触られたくもないことのはずだ。本来なら、ラビィが彼の生まれの事情を知っているわけもない。でもだからこそ、ラビィには怒る権利があるようにも感じたのだ。


「確かに、以前の私の態度に、あなたは思うところがあったでしょう、大変申し訳なく感じております。しかし、それとあなたの今までの行為は別です。真面目になれと言いながら、ちまちま嫌がらせをして、生徒のやる気を削ぐ教師がどこにいます!!!?」


ちなみに周囲にはちらほらと生徒の姿もあるが、年下の少女から正面切って怒鳴られたことが意外だったのか、段々顔を真っ青にしていくマシューとラビィの姿を見くらべて、なるほど噂のヒースフェン家の令嬢がただ暴れまわっているのだな、と素知らぬ顔、かつ逃げるように通り過ぎていく。変人万々歳だ。


「あなたにとって、私は公爵令嬢として力不足を感じているでしょう。ただ私は全力で行いました。先程、外見に関して声を荒げたことを謝罪すると伝えましたが、撤回します。やはり言わせていただきます。あなたの白黒頭がどうにもならないように、私にも限界があるのです! 公爵家の人間として、恥だと軽蔑していただくことは結構。ただし、無意味な嫌がらせは今すぐにやめなさい! 時間の無駄です!」


はあはあ、と肩から息を繰り返した。あまりにも矢継ぎ早に怒鳴られたものだから、マシューはぱくぱくと酸欠のように口を動かし、頭と同じく、目まで白黒させている。やってしまった、と思いつつも、ラビィは頭のおかしな令嬢だと思われているのだから、今更武勇伝の一つや二つ、増えたところで問題はない。現に生徒たちも見ないふりをしている。


遅れてやってきたらしいサイが、周囲の剣呑な雰囲気に、慌ててラビィとマシューの間に分け入った。巨体を前にして、マシューはさらに小さく見えたような気がした。「ラビィ様」と口数も少なく、現状を確認するこの騎士に、「ただ先生とお話をしていただけです」と短く返答し、さっさと踵を返した。


ラビィの言葉が、マシューに響いたかどうかなんてわからない。ただ怒りを叩きつけたところで、意味がない相手というものは存在する。それこそネルラのように。






いつものように、さっさと中庭に消えていくラビィの姿を、マシューは呆然として見つめていた。彼としてみれば、僅かないらつきを吐き出すついでに、あの噂の令嬢を、少しばかり更生させてやろう、と思っていたのだ。それがどうだ。


(……白黒、頭か)


彼にとって、この髪はコンプレックスだった。いくら切っても、染めたとしても、呪いのように、二色が混じり合ってしまう。気味の悪い子供だと、大人たちに囁かれた。マシューからしてみれば、ラビィはただ手を抜いていて、不真面目で、こちらを馬鹿にしているものと思っていた。あなたの白黒頭がどうにもならないように、と言われたとき、下級貴族として生まれた自分は、どうにもならないのだ、と幾度も嘆いた自身を思い出した。



全力で取り組んだと言うラビィの言葉が、本当のことなのか、それはマシューにはわからない。凝り固まった上級貴族への偏見は、彼の中にすっかり染み付いてしまっている。けれども、時間の無駄だと叫ばれた自身の行為を思い出し、彼はひどく羞恥した。その通りだった、と少しばかり、認めてしまう気持ちと、ただの小娘に指摘をされたことが、たまらなく恥ずかしかったからだ。






それから、ラビィのプリントが、常に一枚足りないことはなくなった。彼ら二人は、互いに罵りあった行為を謝罪するつもりもないが、時折、課題であると配布される紙が、ラビィの分だけ一枚多いことがあった。マシュー手製の、特別版である。『今後とも、勉強なさい』と流麗に書かれた文字を見て、余計なお世話だと思いつつも、これは彼なりの言葉なのだろう。



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【コミカライズ版書籍情報】
Palcy様、pixivコミック様にて連載中です。
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