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私のおかゆを抱きしめて



お金を得ることができた、という精神の安定は、想像以上に大きなものだった。気づけば屋敷の中で華麗にスキップをしている。ラビィの体からはリズム感が欠如しているため、はたから見れば足を引きずりながら、ときおりぴくぴく跳ねるゾンビなことこの上ないが、こんな動きまでできてしまった。最高だ。ということで、原点に帰ってみることにした。







「正直最近、なんの違和感もなくお嬢様のおかゆを作ってる俺が怖いです」

「立派な成長だわ。この調子よ」


普段の感謝の言葉を伝えたつもりだったのだが、使用人は雀のしっぽのように短く、くくった髪をふるふるさせて、「おとうさん、おかあさん」となぜだか両親に祈り始めた。「俺は魔女の弟子入りなんてしたくないです」 男でも魔女と言うのだろうか、という疑問はさておき、別におかゆは悪ではない。「でも確かにおかゆはうまいんです!」 色々と葛藤しているらしい。ぐるぐる鍋の底をひっくり返しながら、染まりつつある使用人を見て、ラビィはにんまりと笑った。


「……その調子よ……」

「ヒンッ……」


泣くんじゃない使用人よ。


「やはりおかゆは最強ね。おかゆがなければ生きてはいけないわ。いいえ、私はきっと死んでいたわ」


そうおかゆに感謝の言葉を述べながらも、正直なところ、最近はおかゆ以外も胃が受け付けるようになってきたのだ。さすがにぎとぎと、べとべとの肉を食べろと言われるにはきついが、加熱した野菜程度はおいしくいただけるし、学院の昼と言えば、ひっそりと持ったしっかり三角に握られたおにぎりをもぐもぐしている。ちなみに使用人印である。最近彼はラビィの専属になりつつある。


しかし。しかしだ。

やはり原点に戻るべきではないかとラビィはそう思うのだ。おかゆがあったからこそ、ラビィはここまでやってくることができた。「つまり私は三食おかゆを食べるべきなのではないかしら!?」「ちょっと何を言っているかよくわからんです」 さすがにやりすぎなのでは、という声は聞こえない。かゆを体が求めているのだ。おかゆのことになると、ネジが一本飛びつつあるが仕方がない。通常運転だ。


「……つまりなんですけど、学院の弁当にもおかゆを持っていきたいってことですか?」

「その通りよ!」

「狂気の沙汰」


使用人が静かに呟いた。まてまて。


「たしかに、はたから見るとどうかと思うものでも、実際してみると、案外問題なかったりもするのよ。まあ見かけどおりのおかしさであることも多いけれども」

「……後者は、もしやご自身のことを言っていらっしゃる?」 


なるほど、という顔を見るとひねりあげたくなったが、そこはグッと我慢した。ラビィとて鬼ではない。この世界の常識が、ラビィの過去の常識とは違うことなど理解している。そもそも食文化とは、わざわざ世界を越えなくても、国が違えば、自分の常識は、他国の非常識だ。煮込むという文化があまりないこの国の人間からしてみれば、ラビィの行為は魔女の晩餐に他ならない。


本日の夜食とばかりに、ぐつぐつかゆを煮込むこの使用人が、意外なまでに付き合いがいいだけだ。「まあ、これも食べてみると、案外うまかったですけどね!」 そしてこいつの懐の広さは嫌いじゃない。礼儀のなさは問題だが。



「まあ、私としても、まさかただのおかゆを皮袋にでも入れて持ち運んで、美味しくすすろうと考えているわけではないわ」


さすがにそこまでやると文字通りのただの頭がおかしい女である。そこまでは求めていない。「これを見なさい」 深夜の調理場の徘徊は、すでにお決まりであるので、がさごそ棚の隙間からお目当てを取り出した。「……魔温箱ですか?」「そう。スープを暖かく持ち運ぶことができる箱ね」 この世界には魔力を詰めた石を埋め込み、様々な道具を動かすことができる。冷蔵庫と同じ性能を持つ、“冷魔庫”は、今も調理場の片隅で、元気に活動中である。


「スープを入れてどうするんですか。お嬢様には関係ないと思いますよ」

「まあまあ」


つまりこれは、地球風に言うのであればスープジャーである。まずは煮込みの浅いおかゆを作って、米だけ魔温箱に入れて追加でお湯を軽く注げば、昼間までの持ち歩く時間の間に、立派なおかゆができているという寸法である。ついでに野菜を入れておけば、一緒にくたくたに、美味しく栄養までいただける。と言った旨をラビィは使用人に説明すると、青年は呆れ半分の顔をして、「お嬢様は、本当におかゆが好きなんですねぇ。というか、それは誰が作るんですか。俺ですか。もういいですけど」


がっつり作らせていただきますよ、と腕まくりをして、意外にも太い腕を見せている。羨ましい筋肉だ交換していただきたい、とじっくり見つめている場合でもなく、未だに見習いのままではあるが、少しばかり関わりの深くなってしまった青年の横顔を見つめた。


年の割には入ったばかりで、下っ端扱いのこの男が、ラビィの昼食を準備しているのは、ただ周囲から押し付けられた。それだけだ。このところは怒鳴るやら暴れるやら、手に負えないような迷惑行為はないものの、一体なにがきっかけで、爆発をするかもわからないヒースフェン家のご令嬢だと、相変わらず周囲からは恐れられている。だからこそ、生贄代わりに差し出されたんですよと、口の軽いこの男は以前説明をしていた。


そのときは、まあご愁傷様ね、と軽く返事をしたラビィではあるが、実際のところ、この男には感謝をしているのだ。相変わらずラビィの紅茶には、マリからの善意の“薬”が頻繁にもられている。互いに攻防と争いを水面下で繰り返し、ギラギラ両目を光らせているわけだが、本当は紅茶に忍ばせられる毒には大して恐怖は感じていない。少しでも口に含めば、水の魔力が異物を伝えてくれるからだ。ただそれが固形となると難しい。


今のところ、ラビィが学院で、なんの不安もなく握り飯を頬張れているのは、この使用人のおかげなのだ。深夜のおかゆもしかり。万一、マリの手が使用人まで届く可能性はあるが、白飯以外に何かを混入したら呪うわよと背後で囁いてみたところ、「ヒアンッ……」と犬のような鳴き声でなぜだか内股になっていたので、おそらく問題はないだろう。まあ呪いなんてできないけど。


なので、まあ。

本日のおかゆを器に移しながらも、少しばかり、考えた。てろてろと光っていて、まったくもって食べごろだ。作り慣れたものだ。これくらい、いいだろうかと。


「……あなたには感謝をしているわ。ありがとう」


少しくらい、礼を言っても、いいんじゃないだろうかと。



本来、ヒースフェン家の、いや、ネルラがつけた“設定”としては、おかしな言葉なのだろう。けれども、ラビィにも我慢の限界というものがあった。強制されていた頃はともかく、礼の言葉くらいは、告げたくて仕方がなかったのだ。宝石を買い取ると、そう言ってくれたレオンに、気づけば勝手に口が礼の言葉を紡いでいた。直接面識のなかった相手だからか、ずっと封印されていた人間らしい言葉が勝手に溢れて困惑した。



けれどもラビィの言葉をきいて、ぱちぱちと瞬きを繰り返す青年を見て、言わなければよかったと後悔した。この程度なら、わがまま令嬢が、少しの気まぐれをおこしたと思ってくれるのではないかと期待したのだ。


「……お嬢様って」


使用人が、驚いたような声を出した。


「まともな会話ができたんですねぇ」


ちょっと待て。


「……私は今まであなたと散々会話をしていたと思っていたのだけれども」

「いや、正直ちょっとどっかにいっちゃってるなと。こないだもいきなり俺のローブを買い取るとか言ってきたじゃないですか。しかも後払いでしたし!」

「きちんと支払ったのだから問題ないでしょう」



ありますよ、一体なんの目的だったんですか! と叫ぶ使用人のローブとは、レオンの店に訪れた際に着用していたものである。さすがの貴族の服では目立ちすぎると強制的に使用人から剥ぎ取ったのだ。

家族の仕送りの足しにでもすればいいじゃない、とぷいと背中を向けると、「いや、まあそれは」使用人は言いよどみつつ、「使用目的が不明なところが怖いんですよ! まさか鍋にいれちゃいましたか!?」 呪いの媒体ですかと叫ぶ使用人を見て、多少礼を言うだか何をしたところで、まあこいつには問題ないだろう、と思うラビィであった。







そうして次の日、いつもの場所である池の水を前にして、念願のおかゆを膝の上に置きながら、きらきらとラビィは瞳を輝かせた。

お外ごはんならぬお外おかゆである。期待に胸を膨らませて蓋をあけてみれば、ほんのりとした暖かさを肌で感じて、ニンマリと口元が動いた。いそいそと匙を取り出し、つついてみる。いい出来具合だ。あーん、と口に入れようとしたとき、背後の視線が気になった。相変わらずのサイである。


彼はじっとラビィを見つめていた。ちなみに、初めてラビィの背後についたときよりも、若干距離が縮まっている。野生動物か。



気になる、と思いつつも一口。おいしい。最高だ。ちらりと振り向いてみた。サイが困惑の瞳をしている。おいしい。おいしい。彼からしてみれば、どろどろの液体をただただ無心にかきこむ女である。しかしおいしい。空っぽになった弁当を手にして、けぷりと息をついてお腹をなでつつ、再度サイを確認してみたところ、サイはゲームのグラフィックでも見たことのない顔をして、固まっていた。





さすがに気になったので、出来栄えの報告をしつつ、使用人に「おかゆ弁当は最高だったのだけれども、もしかして傍から見ると危ないのかしら?」と、問いかけてみたところ、「傍からみなくても危ないと思いますよ」という返答がきたため、一瞬封印すべきかと考えたのだが、結論として、おかゆを大事に生きていくことにした。



「私は何があっても、おかゆを裏切ることはできないわ!!! これは私の命なのだから!!」

「もうお好きになさったらいいと思いますよ」


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【コミカライズ版書籍情報】
Palcy様、pixivコミック様にて連載中です。
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