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見極める色2



朗らかな顔をする少年を前にして、ラビィはひどく、自分自身が震え上がっていることに気がついた。ネルラを前にしたときとは、また別の緊張だ。ゲーム画面とまったく同じ状況であるはずなのに、セーブもロードもなにもない。その上選択肢すらもないのだ。


「それで? うちは初めてだよね、何をお買い上げいただけますか?」

「いいえ、逆です。私から、買っていただきたいの」


ほほう、とレオンは顎を指先でひっかいた。その仕草を見て、ラビィは眉間の皺を深くする。けれどもすぐさま、自身の表情に気がついて、瞳をつむりながら、静かにお目当てを取り出した。木目のカウンターの上に、そっと、きらびやかな装飾品をひとつ、ふたつ。「んん?」 レオンが片眉を動かした。当たり前だ、ラビィの行動は、世間知らずにも程がある。



根回しも、信頼も何もなく、飛び込むようにやってきた客だ。その上高価な宝石をためらうことなく取り出して、売買を提案する。あふれかえる怪しさに、さっさと帰れと門前払いをされてもいいくらいだ。けれども、ラビィにはこの方法しかなかった。



たとえ、彼女にはラビィとなる以前の記憶があるとしても、商人の知識があるわけでもなく、もとはただの日本人で、その上この世界では文字通りのお嬢様だ。ネルラからの逃亡には、筋肉が必要不可欠だが、それ以上にお金だって必要だ。ムキムキになって逃げ出したところで、次につながらなければ、何の意味もない。


カウンターの上に置かれた首飾りと髪留めは、どれもラビィ個人が所有しているものだ。幼い頃、まだ可愛らしかった頃に両親から贈られたプレゼントで、似合いもしない今となっては宝石箱の奥底に、そっと眠らせていた。ときおり箱から取り出して、眺めることもあったが、思い出で腹が膨れるわけではない。逃亡資金を得るための足がかりとしては、これ以上なく最適なのだけれども、問題はその売り手だ。



買取の看板は、街の至るところで目にした。けれども、“彼らが誰なのか”がわからない。それはラビィを騙そうとするものかもしれないし、そもそも鑑定もできずに、適当な値をつけられてしまうかもしれない。それならば、ゲームの知識を利用するしかない。このレオン・ハミリオンは、その年若さにも関わらず、石に対しての知識は、彼の父親でさえも舌を巻くほどで、人格的に問題はあるものの、商人としての腕と信用もピカイチだ。



ちなみにハリネズ本編では、学院を探索する平日パート以外にも、たまたま出会った攻略対象達と街でデートをするという休日パートも存在する。レオンは誰もいない広場を2回選択して、幾度かすれ違ったあとに、主人公がたまたま店の看板を目にして客として店内に入るところで、彼のルートが開放される。会話をするうちに、俗にいう『きみは面白い人だねぇ』的な称号を得て、主人公に興味を持ち、魔法学院に転入することになるのだ。


ちなみにラビィはレオンとフラグを立てたいわけでもなく、面白い女的な印象を得るトークスキルは保有していない。ヤベー女だなと思っていただく自信は激しくあるが。


レオンの実家は貴族としては珍しく、商人として名を馳せている。本来貴族なら、魔法学院に入学するものが大半だが、強制というわけではない。彼は望んで、実家の手伝いを行っているのだ。




宝石を売りつける相手として最適な人間は、レオン以外に考えつかなかった。その上、休日パートを謳歌しているネルラとぶち当たる可能性もある。今日は花祭り、という全ルート共通のイベントが行われる日だ。現時点で、一番好感度が高い相手と白と赤の花を交換して、広場で踊るスチルが今頃は発生しているはず。


誰の好感度が一番高いかは興味もないが、ネルラがダンスに夢中になっている間は邪魔されることはない。さすがのサイの監視も、学院内だけの話だ。店に飛び込んだものの、休業の看板が置かれていたり、レオン以外の従業員だったなら、どうすれば、と考えていたのだ。入った瞬間きこえた彼の声に、自身の運に感謝をした。



「……とりあえず、少し触らせてもらっても?」


首を傾げながらのレオンの言葉に、もちろん、とラビィは細い手のひらを差し出した。レオンはぺろりと唇をなめた。それから人差し指をつきだして、こつこつと宝石を優しく弾く。宝石を前にして、ひどい扱いのように見えるが、彼は石の中に魔力を注ぎ込んでいる。幾度も折り曲がり、屈折する感覚を指先で確認して、石の状態を把握するのだ。本物だと理解してくれたのだろう。


「お嬢さん。悪いんだけどねぇ、確認させてもらったけど、うちとしては、高価な買取は一見さんには行っていないんだ。万一どこからか盗まれたものなら、余計な手間が増えてしまうだろ?」

「そちらの言い値で買っていただいて構わない、とお伝えしてもでしょうか」

「それは余計に怪しいなぁ」


おっしゃる通りだ。もともと、レオンに嘘をつく気はどこにもない。ラビィはローブのフードをおろし、赤い瞳を瞬かせた。


「私はヒースフェン家の長女です。決して、盗んだものではなく、これは私個人の所有物です。身の証を立てよとおっしゃるのでしたら、屋敷までの帰り道をご一緒なさいますか? 公爵である父には内密にしていただきたいので、できればひっそりとしていただけるとありがたいのですが」


彼の仕草を、じっくりとラビィは見つめた。レオンはぱちくりと瞬いて、「ああ、ヒースフェン、知っているよ。うちのお得意さんだからね。白髪と赤の目のご令嬢の話はきいているけど、そんなに短い髪ってことは知らないな」 父と母のことだろうか。ハミリオン商会と関わりがあるとは知らなかったが、ラビィは自身の首元を叩いて笑った。「最近、ばっさりと致しましたの」


彼を見つめた。店の外では、楽しげな笑い声ばかりが聞こえる。レオンは、顎を触ろうとした。瞬間、ラビィは絶望した。これは、ゲーム内での彼の癖である。怪しいと、警戒する前の癖だ。「誓いますわ!」 叫ぶつもりもなかったのに、勝手に大声をあげていた。誰かに信じてほしい。ふと思い浮かんだ考えが情けなかった。孤独を味わうのは、少しばかりの辛さがあったと今更気づいた。



「私は、あなたのお客になります。一度ではありません。必ず、またこちらに参ります。買っていただきたいものは、まだまだ山程ありますもの!」


一度に持ち出すことは難しかったが、今後もイベントの日を選んでレオンのもとに通うことができれば。そうすれば、一歩先に進むことができる。


何にでも染まることができる男と呼ばれる男は、ひどく剣呑にラビィを見つめた。先程までの朗らかな顔はどこかに落としてしまったかのようだ。「とは言ってもねぇ」 吐き出す息も冷たい。商人である彼とネルラのエンディングは、彼が商人としての道を選ぶことで終わる。『あんたは王妃になればいいよ。俺はあんたの後ろで、金儲けをさせてもらう』 今よりもずっと砕けた口調で、彼は自身の足で立ちながら、金という力を使い、ネルラを支えることを選んだ。


「なあ、なんでそんなに金がほしいんだ?」


――――そんなの決まっている。



「自分が自由に使えるお金が、たくさん欲しいからです!」


嘘はない。

自由になりたかった。ネルラから逃げ出して、両手いっぱいに広げて腹の底から笑いたかった。



レオンは幾度か瞬いたあとに、口元を抑えて苦笑した。顎はひっかいていない。これでよかったのかと冷や汗ばかりが流れる。綺麗な言葉を並べることは簡単だった。けれども、彼は、“何にでも染まる男”だ。


「ごめん、知ってる」


くすくすと漏れる笑い声が響いている。「どこぞの令嬢が、ひどい髪型をしてるってさ。噂のヒースフェンだってきいたよ」 体中から、空気が抜けてぺしゃんこになってしまうかと思った。「ちょっとさぐりを入れたんだ」 ほっとした。けれども次の彼の言葉も怖かった。期待して、蹴落とされたくもなかった。


「買い取るよ。もちろん適正価格で。常連になってくれる上客は逃さない。商売人の心情だからねぇ」


今度こそ、崩れ落ちるかと思った。



カメレオンのイメージキャラクターである彼は、相手に合わせて、どんな色にでもなることができる。悪意なら悪意を。善意なら善意を。そして、嘘には嘘を。もちろん、商売をしている以上、ある程度の綱渡りも必要なのだろうけれど、それが彼という男だった。レオンの癖も知っていたからこそ、この店を選んだのだ。


「ありがとうございます。ありがたいです」


幾枚もの硬貨を握りながら、ほっと息をついた。「はは、まあ好きに散財して、またうちに来てねぇ」 何か別のことを勘違いされているようだけれど、お金を貰えるのなら何でもいい。もう一度、ありがとうございますと頭を下げて、盗られないようにとしっかりと懐に隠したとき、「ヒースフェン家のお嬢さん」 ふいに、レオンに呼び止められた。


「噂じゃ色々きいていたし、最近じゃ髪を切り落としたってひどい言われようだったけど」


想像よりも、ラビィの見かけは、周囲としては衝撃を受けていたらしい。型にはまった令嬢からしてみれば、困惑と奇妙が混ざり合って、恐怖となっているのだろう。レオンは続けた。


「実際に見てみると、案外悪くないもんだね」


髪型が、という意味だろう。ラビィがしたように、彼女の髪の長さ程度の箇所を叩いて、彼は口元を緩めた。「まあでも、やべーけど」 やはりおもしろい女ではなく、ヤバイ女の称号をいただけた。なので、ラビィは笑った。ひどく久しぶりに、すっきりとした顔で。くしゃりと顔を崩して、楽しげに笑っていた。



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【コミカライズ版書籍情報】
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