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ゲームの世界


こんちくしょう、とラビィは拳を振った。やってられない、という思いと、悔しさと、いろいろな気持ちがごちゃごちゃだった。

とりあえず自身の薄っぺらな胸を見下ろしてた。そっと覗き込んでみると、確かに隷従の印は消えている。喜びに打ち震えた。


「夢じゃない……!!」


まさかこんな声がメイド達に聞かれてしまってはたまらない。ひっそりと、けれどもがっつり喜ぶ。

まずは現状確認とばかりに、過去の記憶を頭の中で巡らせた。






まずこの乙女ゲームの名前は『ハリネズミの森へようこそ』という題名だ。主人公の名前はネルラ・ハリィという、針鼠をモデルにしていてちまちまと可愛らしい外見だ。相手役達もそれぞれモデルとなる動物がいる。ファンの間では冗談半分で、アニマル国、という別称もあったけれど、基本的には『ハリネズ』が一般的だったと思う。


ちなみにこの『ハリネズ』なのだけれど、キャッチコピーは『最高のバッドエンドをあなたに』という、乙女ゲームにしては喧嘩を売っているのか? という製作者からのメッセージで、メインの相手役である皇子様以外とは、誰を選んだとしてもくっつかない。というか、誰を選んでも主人公は聖女として皇子様と結婚する。


ただし、それは国のための偽りの結婚で、本当はあなたのもとに心はあるのよ~~という、いわゆるメリーバッドエンドな展開だった。それがもう切なくて、一部の層のハートをぶち抜いた。隠れた名作と言われるほどに、ニッチなファンを捕まえたのだけれど、自分としてはどちらかというとハッピーエンド主義だったので、面白くはあるけれども、ピンと来なかったな? というのが印象だ。


ちなみに皇子ルートだけは幸せ満載なハッピーエンドでキャッチコピーが迷子になっていたので、なんでなんだよと思った記憶がある。


まあとにかく、ネルラ・ハリィという少女は、栗色の瞳で数々の男を虜にする、いつもどこでも笑顔で、可愛らしく、裏も表もないような、そんな天使みたいな少女だった。


――――プレイヤー側の視点としては


ネルラは元は孤児で、そのボロボロの姿で屋敷に現れた彼女を哀れんだヒースフェン公爵、つまりはラビィの父が、彼女を保護の名目で屋敷に雇うところから物語は始まる。こうしてラビィつきのメイドとなるネルラなのだけれど、そりゃあもう、ラビィはネルラをいじめにいじめた。ある日彼女の魔力が覚醒し、実は姿を消していた男爵家の一人娘であることを知る。そうして、魔法学院に入学し、ついでに途中のタイミングで聖女であることも判明し、ラビィはネルラとその周囲に過去の罪とともに断罪される。ちなみにどのルートを通っても本筋は変わらず、首切り一発である。お慈悲がほしい。


でも事実は違う。ネルラは、ラビィを操っていた。彼女は禁忌とされる隷従の魔法をラビィに刻み込み、“自身をいじめさせる”ように命令した。


あんなこと、ラビィはしたくなんてなかった。ネルラを人前で罵って、嘲って、恥をかかせた。もともと、彼女、ラビィは心優しい少女だったのだ。苦しくて苦しくて、胸が張り裂けそうだった。



――――ネルラ、お願い。私達、友達でしょう。こんなこと、言いたくないし、したくもない。全部を忘れるから、お願いだから。家族も、家中のメイドや執事達も、私がおかしくなったと思ってる。バルド様にも、呆れられてしまったわ。



全部忘れるから。お願い、とネルラと二人きりになる度に頼み込んだ。そんな私の姿を、ネルラは静かに微笑み、柔らかい手で握りしめた。


――――そうよ、私達は友達よ。だから、あなたにお願いしたい、ただそれだけ。



そう繰り返すばかりだった。だから、いつか終わりが来ると思っていた。それを10年繰り返した。でも記憶を取り戻した今となっては、ラビィは自身のマヌケさを笑ってしまった。


隷従の魔法は国で禁忌とされている。それをなぜネルラが使うことができるのかはわからないが、解除の方法は二つだけ。対象の魔力がかけた本人より上回るか、どちらかが死ぬかのそれだけだ。


ラビィは貴族として情けないほどにも魔力が低く、使える魔法も少ない。通常貴族は血族を重ね合わせることで膨大な魔力を積み上げていく。この事実は恥ずべきことだが、貴族の間では自身の魔力の総量を隠すことはひどく当たり前のことだから、そのことに対して不便を感じたことはない。ただし、隷従の魔法は別だ。


すでにこの国では禁忌とされているから、知るものも少ないけれど、ゲームの知識の中には、隷従の魔法の知識もあった。隷従の魔法とは、自身よりも低い魔力のものを操る。ただし一年のうち一度だけ、魔力の総量が膨れ上がる日がある。その日が、たまたま今日だった。雨の降るこの日が、ラビィにとって最大の魔力を誇る日だったのだ。それは光の日、と隠喩される。


とは言え、ネルラに操られていたのは十年だ。その間、幾度も巡り合ってきたはず。ならば可能性は一つ。ネルラの魔力が弱まったのだ。魔力が強まる日と反対に弱まる日というものも存在する。光の日とは逆に影の日と呼ばれ、ラビィとネルラのその日は、たまたま偶然同じだった。


魔力というものは体の大きさにも比例する。ネルラに魔法をかけられたのは6つのとき。あのときよりも微々たるものだけれど、ラビィの魔力も成長した。そうして今日、雨で膨れ上がった魔力でやっとこさ隷従の魔法を破ることができた。ただしそれはネルラも同じだ。もしラビィがこうして正気に戻ったと気づいたら、今度こそ破ることのできないように、念入りに、丁寧に施される。彼女もラビィと同じ、16になった。過去とは比べ物にならないほど、その魔力は成長しているはず。


絶望した。

本来、ネルラはラビィを解放する気なんて、毛頭なかったのだ。




原作でも、おかしいと思っていたのだ。骨と皮だけの悪役令嬢で、美しさのかけらもない彼女は魔法学校では権力を必死に振りかざし、自身の婚約者である皇子と気持ちを近づけていくヒロインに嫉妬し、あまりにもあからさまで、マヌケ過ぎるいじめを繰り返していた。


そんなの、すぐにバレてしまうのに、どうしてだろう、と原作をプレイしながらも不思議だった。その上、ラビィは、文字通り、ウサギがイメージキャラクターになっている。銀の髪と赤い瞳は今は落ち窪んで可愛らしさのかけらもないけれど、悪役令嬢にウサギなんて変な話だ。つまり、原作の裏設定として、正式に彼女は“操られていた”のだろう。


そもそも皇子ルートだけハッピーエンドなことも、ファンの間では裏があるのではと考察されていたのだ。誰しもに愛される主人公が、実は禁忌となっている隷従の魔法を使ってライバルである公爵令嬢を蹴落としていただなんて、バッドエンドにほかならない。



ヒロインであるネルラはラビィを恨んでいた。

ただ陶器のように冷たい瞳で彼女を見つめていた。彼女はラビィのメイドとして、“嫌がらせ”を受けながらも、誰もラビィに近づけようとはしなかった。そう、ネルラがラビィに命じたのだ。隷従の印は胸元に現れる。着替えの最中にでも他人に見られてしまえば、彼女の仕業はすぐに暴かれるはずなのに、ネルラ以外に肌を見せることを禁じられた。


引きこもりの運動不足で、なんの知恵もない愚かな令嬢が出来上がるのはあっという間のことだった。




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