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真っ白な王子様と2




とかなんとか言いつつも、本当に、この皇子に悪意があるわけではないのだ。少なくとも、今のラビィは婚約者と言うよりも、弟のような気分で彼を見ている。年齢で言えば、バルドの方がラビィよりも数ヶ月ばかり上ではあるが、あくまでも中身の話だ。


よく似合う白い椅子に座りながらも、バルドはきょろりと周囲を見回した。サイはこちらの会話が聞き取ることができない程度には遠い場所で、直立不動のまま鋭い視線を送り続けている。どこかに行ってくれないかな。


「……ネルラは、すでにハリィ家に消えましたわ」

「え、ああ、もちろん知っているよ」


上ずった声のくせに、これで動揺を隠しているつもりとは。というよりも、ただのメイドの所在を把握していること自体がおかしな話なのだが、その辺りに気づいてはいないようだ。バルドは婚約者との対談という名目でヒースフェン家に訪ねる度に、ネルラの姿を探していた。そのときの癖が抜けきれていないのだろう。


ちなみにこういったときは通常ならばネルラがお茶を準備していた。今日はもちろんマリなわけだが、背後から射抜かんばかりに熱い視線を感じる。事前に予定を伝えていたはずのラビィが逃亡したことにより、苛立ちと歯ぎしりが止まらないらしい。気にしないことにした。


ちなみにバルドは幼い頃に、こんなときでさえもラビィにいびられ続ける、同じ年頃の美しい少女にハッと目を奪われた。そうしてひっそりと彼女を慰めつつ、二人で思い出を重ね合わせたというわけだ。ネルラよ、入念すぎる計画だ。ちなみに同時進行でラビィの弟も虜にしたわけだが、ちょっと忙しすぎないか。


ちなみにネルラを見て、バルドの瞳の色が変わった瞬間、ラビィは今と同じこの椅子から彼の顔を正面から見つめていた。そのときの絶望は、今もはっきりと覚えている。


ネルラをいびるように、特上の悪女になるようにと彼女に命令はされていたものの、いつも泣き出したくて、苦しい気持ちを抱えていた。なのにそのときばかりは、本当の悪意を込めて、彼女が入れた紅茶を、地面にぶちまけていた。そんな自身の行いに気づき、ラビィは絶望した。いくら頭のおかしいふりをしようと、心ばかりは清く生きようと、そう誓っていたのに。


バルドはぎょっとしたように瞬いて、眉をひそめていた。メイドが入れた紅茶がまずかった、と彼に伝えると、心の距離が遠くなる音がした。あのときのネルラの顔は忘れられない。申し訳がないと頭を下げながらも、一瞬見えたその瞳はぞっとするほどに楽しげだった。



それでも、それでもいつの日か、バルドの目が覚めてくれる日が来ると思っていた。暇を潰して読んだ大衆向けの物語では、いつも悪女は滅んでいた。ただ残念なことに、滅ぶ側の女はラビィだった。笑うしかない。





「……ところで、新しい護衛の方がいらっしゃるようですが?」

「ああ、サイのことだね。ナルスホル家と言えば聞いたことがあるだろう。彼も魔法学院の生徒だからね。今年から僕も彼の同門だ。ならば学園での警護は一足早く彼に任せようということになったんだ。騎士の位はすでに与えてある」

「聖騎士長のご子息でしたか」


まあ、知ってますけどね。

一応、万一誤って彼の名前を呼んでしまったときの対策として、主人からすでに伝え聞いているという風を装った。原作では、バルドとサイは、二人揃って光と影、と言われていた。


サイはゲーム本編でも常にバルドの周囲に付き従っているからか、彼のエンディングは、皇子と結婚を果たしたヒロインのそばに、護衛として居続けるという、人によっては性癖をえぐられるバッドエンドであるため、隠れたファンは多かった。『俺はお前のそばに居続ける。必ず』と短い言葉とともにされる壁ドンには、不覚ながらプレイ当初、ラビィも若干ときめいたが、実際の彼を改めて横目で覗いてみると、この体躯でされる壁ドンは恐怖しか覚えないな、と純粋な感想が漏れそうになった。イメージキャラクターがサイであるからか、ちょっと背が高すぎである。


サイのストーリーはボリュームが一番少なく、物語の後半に集中している。イケメンだし、性格も悪くない。なのに足りないものは出番だけという、不遇キャラだ。だから、さきほど会ったときも、印象の薄い男だな、と思ってしまったのかもしれない。



まあサイの話はさておき、どうやって適当に会話を切り上げたらいいものかと周囲の木々に目を向けた。ここは温かいのに日差しは直接当たらないし、人もあまり来ないしと改めて考えるといい場所だなあ、と眼前の皇子からすっかり意識を飛ばしていたところ、「ラビィ?」 バルドは不思議気に首を傾げた。


「なんだか、いつもと様子が違うみたいだね」


ギクッとした。

過去の記憶が蘇ったのだ。自分でもとても性格が変わったと思っているのだけれど、もともとの人付き合いの悪さから、特にそれを指摘されたことはなかった。なのに、初めて告げられたのがバルドだなんて。意外に思いながらも、そりゃそうか、と納得した。バルドと出会ったときのラビィと言えば、常にハートを飛ばしていて、互いに会話しているのに、なぜだか会話をしていないという無意味な時間を過ごしていた。ラビィにとって、バルドは文字通り、この状況を救い出してくれる王子様のような存在だったのだ。今思い返すと完全なる黒歴史である。


「気の所為ですわ」


ニヤッと笑ってごまかすと、「そうかな?」と適当に反応してくれた。あちらも特にそこまで興味はないのだろう。ちなみに本当はニヤッとしたかったわけではなく、フフッとしたかったのだが、うまいこと表情筋が動かなかった。


「そうだ、ラビィ。今日はおいしいお菓子を持ってきたんだ。ぜひ食べてくれ。君の感想を聞きたいな」


そうして、パチリと指を鳴らして、サイに合図を送る。テーブルの上にはラビィにも食べやすい、一口サイズのクッキーだ。おおう、と彼女は唸った。(そうよ、これよ) ラビィがバルドを信じ続けた理由の一つだ。何があろうとも、バルドはラビィに優しかった。いや、彼女にはそう見えていた。定期的に屋敷を訪れ、よだれの出そうなおやつを持ってきてくれる。ラビィの貴重な栄養源である。


しかし今なら言える。そしてわかる。


「君は少し痩せているからね。たんとお食べ」


多分これ、ただの餌付け感覚である。


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