プロローグ
ぽとり、と雫がこぼれ落ちた。
顔を上げた。どこからだろうか。外はいつの間にか雨が降っていて、しとしとと空気が湿っぽい。そんな中、ラビィ・ヒースフェンは遠い過去を思い出した。窓枠にぺとりと指先を這わせる。公爵令嬢と言うにはあまりにも情けない、細い、骨と皮のような指先と、カサついた爪を見て、笑ってしまった。
――――ああ、やっとこのときが。
胸元をかき抱いた。細っこくて、すぐさまに倒れてしまいそうな、貧相な体つきだ。あれだけラビィを重く押さえ込んでいた隷従の紋様も、今はもうない。涙がこぼれた。堰を切ったように、嗚咽が溢れて、それを必死で飲み込んだ。やっと、自由になれた。
そして同時に、ラビィ・ヒースフェンは、遠い過去である“彼女”の記憶を思い出した。
***
ラビィは、ラビィとなる以前、日本という国に住んでいた。幼い頃に両親を亡くして、女ひとり、両足で立って生きていた。ひたすらがむしゃらに走って、大して口が立つわけでもなかったのに、営業に明け暮れていた。日々の楽しみと言えば、乙女ゲーをプレイすること。家に帰ってわくわくゲームのスイッチを入れて、化粧を落とす間もなくソファに転がって楽しんだ。そんなところで、彼女の記憶は途絶えている。
まあ、つまり不幸な事故があったんだろう。それについてはラビィとして生きた16年の記憶もあるから、なんというか、実感がわかない。ただ問題は、今ラビィがいる世界が、生前プレイしていた乙女ゲームとそっくりということだ。そっくりどころかまったく同じ。国の名前も、設定も。それどころか一部であるが、相手キャラとも面識があるし、嫌がらせをする令嬢もいる。それこそヒロインの存在も――――
ちなみにラビィ・ヒースフェンと言えば、ヒロインであるネルラ・ハリィという、まあ天使のような少女に嫌がらせをする悪女であった。つまりラビィは悪女として転生した。そのことについては、生前(と、言って良いのかわからないけれど)はネット小説にも手を出していたから、だからまあ、お約束というやつで、驚きはするものの、理解はある。いや、やっぱり気持ちはついていっていないけど。ただそれ以上に、大きすぎた問題がある。
「まっさか、ヒロインが、あんなに性格が悪い女だったなんてね……!!」
生前、ゲームをプレイしたファンとしては、痛恨の思いだった。
メイン連載のサブとして、まったり更新目指します。