琥珀色の虚像
初投稿です、なろう系に真っ向から喧嘩を売っていくスタイルというか逆張りみたいなことをやっていきます。ただ、ちゃんと風呂敷を畳める自信も無い上に受験も残り一年後なので、かなり亀更新だと思いますが、それでも追ってくれる方は宜しくお願いします。
人、人、人。人の波が圧し潰されていく。野を駆ける獣が花を踏み潰してゆくように、花畑を踏み荒らすようにして長閑な街は跡形もなく潰される。血飛沫が私の顏に飛び散った。噎せ返る錆鉄の香りと人の血の鉄の匂いが混じって、それでどちらが人なのかすら分からなくなってゆく。臓物があけっぴろげになり、腸がゴム紐か何かの様に伸びて、千切れて中身を溢した。
目の前に少女が居た。私の姉だ。気の強い姉はいつも決断力の無かった私を先に引っ張ってくれた。ここから少し離れたレディアズの街に買い出しに行くときは常に姉が一番前に居た。姉は頭が良く、溌溂としていたので市場でも有名だった。両親がどれほど反対しようとも将来は行商になるのだと言ってきかなかったし、私もよく姉に夢を熱く語られたものだ。目を大きく広げ、唾を飛ばしながら興奮を隠しもせずに私に夢を語る姉は誰よりも輝いていた。
目の前に女の死体があった。私の母だ。私の目と性格は母に似た。今は赤く染まった瞳だが、血を拭えばきっとヘーゼル色に戻るはずだろう。私と同じように引っ込み思案な母はあまり目立つことを好まなかったが、したたかであった。保守的で、新しいことを好まなかった母は姉とはいつも対立をしていたが、父が飯に文句を付けた時だけは結託した者だった。
目の前に父の死体があった。私の父だ。村一番の力自慢だった。巌の様な肉体は大きく開かれて魚の開きみたいになっていたし、前頭部が砕き割られて瑞々しい桃色の脳と掻き混ざった脳漿が見えていた。
これらは私の家族だ。もうこれとしか言えない、私の家族だ。
人、人、人、人。皆揃って潰されていく。鉄の脚、機銃、杭、光線、丸鋸、様々な方法で殺される、が。中途半端に生存してしまう者もいる。両手両足が光線で焼き尽くされた代わりに生存してしまう者もいる。そして、目の前で屠殺を見させられるものもいる。
おっと、処理忘れだ。と丸鋸で正中線に沿ってお隣さんの娘は真っ二つになった。この前生まれたばかりの赤子の断面図が見えた。私は血反吐と同時に昨日食べた川魚のどろどろに溶けたものと朝食べたぐちゃぐちゃの黒パンを吐いた。耐えられない。とても、耐えられないのだ。
目を擦った。真っ赤に染まった視界が明るくなって、母の瞳は綺麗なヘーゼル色になった。なんだ、染まったのは私の目でお母さんの目はまだヘーゼル色だったのか。と思ったけれども、機銃で頭をぐしゃぐしゃにされて、血色に染まった。目を擦る前以上に私の視界は赤く染まった。
みんな、みんな巨獣の餌食になったけれど、死体ばかりは残った。いにしえの文明にて作られた鋼の手足と冷たい頭脳を持つ大きな大きな機械の巨獣は私達の村を蹂躙した。
そして、その機械の巨獣は私が蹂躙した。虹色の瞳を穴だらけにして、脚を叩き割って、股裂きにしてからバラバラにした。巨獣の死体が倒れたせいで私の家族どころかみんな、鋼の瓦礫に埋まった。人の死体を掘り返すことなど許されることではない。二度と、弔う事もできない。
死体ばかりは残った。憎たらしい鉄のけだものの死体が。
「・・・・」
遠い裾野から風が吹いた、冷たい風だ、錆臭い生気の無い風だ。ふと見れば、けだものが黒い血を流していた。直後、青白いスパークを放ってけだものだったものは激しく燃え始めた。それが燃え広がり、死んだ風が炎を空に巻き上げる。頬に火の粉が飛び散った。風が止んだ。暗雲が立ち込めて、雨が降り出し、地に満ちた血を洗い流していく、自分の故郷がもう故郷ですら無くなったみたいだった。
「ちくしょう、ちくしょう」
雨が降っている。額を伝って目に雨粒が入った。目を伝って口に水が入った。しょっぱくて嫌になった。あてもなく私は走り出した。もう何も見たくはなかったし、ここは"俺"の故郷ではないから。
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「・・・・またか」
目に光と二段ベッドの裏地が飛び込んでくる。体を包む鋼の鎧が軋む音を立てて主の意図に沿い、上体を起こした。あの日、俺は自分の四肢と名前を失った。前者は巨獣により肉と骨とがミンチになってしまったが、心権鎧化により、義肢を手に入れた。後者はその代わりに失くした物だ。あの日、あの瞬間に俺は"私"では無くなった。
「あー、"音絶"?大丈夫か?」
横を見れば牡牛の様な威圧感を感じさせる顏をした男が上段のベッドから困ったように眉を顰めながらこちらを覗き込んできた。この男は"重剛"。俺は"音絶"という名前だ。
俺ら二人は心権保持者、通称『叛逆者』として巣窟という組織で巨獣を狩っている。巣窟というのは全体の名称なので正しくは徒党であるが。例えるならばそれは、兵士や宮廷料理人、果ては犯罪を犯した鉱山奴隷までもが「国で働いています。」というようなもので、兵士は兵舎に、宮廷料理人は王城のキッチン、奴隷は鉱山でといった感じで「○○の徒党の叛逆者の○○」とか「○○の叛逆者の○○」といった風に表現するのが正しい。まあ、それはいい。
徒党は大陸中に数多存在する、心権保持者の為の部落だ。
心権というのは巨獣により精神を犯されかけた上で恐怖に抗ったヒトに発症する能力で、自分達の心的外傷そのものである。叛逆者は皆、徒党に所属することを強要される。なぜならば心権に発症たら巨獣に狙われるからだ。一般人と一緒に住もう物なら街ごと滅ぶ。
そして、心権に発症したら最後、自分を失う。容貌が大きく変貌し、ホルモンバランスが滅茶苦茶に崩れ、かつて女だったものも男になったり、またはその逆もある。当然、子孫を残すなどということは不可能だ。そんな者達がかつての知り合いと共に仲良しこよしでといったことができるだろうか。つまり、そういうことである。
「大丈夫。まだ、大丈夫。」
「マジかよ、顏青いぞ。」
部屋にある壁掛け棚の中に入った真っ黒の瓶を取り出す。天井を見れば、四隅には蜘蛛の巣が張っていて、埃が巣をコーティングしているのが見えた。瓶ごと口に突っ込んで、噛み砕く。中身の機械油を飲み干した。いつ飲んでも慣れない、舌の上で暴れ狂って熱するような、それでいて膜を一枚張ったような気持ち悪さと共に硝子の破片が喉を通る感覚が俺を生温い眠気から引き揚げた。
「あー臭ぇ、お前のソレマジでどうにか何ねえの?」
「すまん、というかいい加減慣れてくれないか」
「無理、それだけはお前の巨獣に対する執着以上に耐えらんねえわ」
「うるさいぞ、真面目な叛逆者だろ」
「冗談、勘弁してくれない?」
行儀悪く汚泥に塗れた枯れ草を喋りながら啜ったり、噛んだり、反芻したりする重剛よりかはよっぽどマシである。ヘドロの匂いと汗臭い蒸れた牡牛の匂い、どす黒い機械油の匂い、などといったそんな住みたい部屋ワーストワンのこの部屋だが、こと自分に限って言えば何にも関係ない。何せ、嗅覚が無いからだ。ついでに言えば味覚もない、逆にあったら機械油なんて飲めたものではないだろう。
「さ、行きましょーぜぃ?」
「あいあい、荷物持ちは頼んだぞ」
「りょーかい」
宿屋の戸を開けば、退廃の徒党の朝が降ってきた。
先に言っておくと、徒党は互助会ではありません。