Rem:23 秘密
――チ――キチ
微かに何かが聞こえる。
「ハルキチぃ!!」
「!!」
上から怒声が降ってきて、陽樹は目を覚ました。
「……え?かあ、さん?」
「こんなところでサボって寝こけてるんじゃないよ。この子は。その上、とっ散らかして」
「俺、寝てた?」
「寝てたかどうかも分からないなんて、頭でもおかしくなったのかね」
腰に手を当てた母に上から睨まれながら、起き上がる。
何だかおでこの真ん中が痛み、無意識に擦る。
その時、胸のあたりに乗っていた何かがずれ、足の上に移動した。
「……!!」
(この本……じゃなくて、これはじいちゃんの)
自分は物入からアルバム類を下ろそうとして、潜んでいたこの祖父の手記を読んでいたのだ。そこからのめり込んで――。
「母さん!寝てたんじゃないんだ。俺……」
「いびきかいてたよ。あんた」
母は眉間に皺を寄せて、呆れた顔をしている。顔に「何言ってんの」と書かれている。
「いやだって、じーちゃんが……」
そこまで言ってはっとした。
慎也は嘘のつけない人だ。
それだけじゃない。この備忘録を読んでいたはずの間が、まるで若き日の彼が経験したそれを、自分が乗り移って見て感じたような気分だ。あまりにリアルだった。
きっと経験したそれは小説などではない。
だが慎也――いや、当時の『慎』が実の家族にそれを言い出せなかったように、陽樹が説明しても信じてもらえないだろう。
「いや……ごめん。やっぱ何でもない」
母はふっと息をつき、散らばったアルバムを拾って重ね、祖父の机に置く。そして気付いた。
「あら、飴があるわ。ハルキチが見つけたの?」
「え!?」
机の端に、りんごの絵で個包装された飴が置いてあった。
最初にここへ入った時からあったのかわからないが、気付かなかった。
母はそれを取って、投げてくれた。
「おじいちゃんはいつも、貴方の為に引き出しに飴を入れてたものね」
「……うん」
手の平のそれを見ていると、肩をポンと叩かれる。不意にそちらを向いた。
自室のドアの前に祖父が立っている。母は、机近くの窓から外を見ていて気付いていないようだ。
「!」
慎也は、右手の人差し指を唇の前に立てて見せる。まるで『秘密』だと言うように。
その傍らにスッと祖母が現れた。彼女は微笑んでいる。
やがて七輝が慎也の手を握り、彼らは背を向け、仲睦まじく歩きながら消えていった。
(わかったよ。じーちゃん。これは俺とじーちゃんとばーちゃんの三人だけの秘密な)
「母さん。俺、これ欲しいけど帰る時に持って帰っていい?」
「いいわよ。それおじいちゃんの日記?」
「うん。まあ、そんなとこ」
「ふーん。さ、それじゃ片付け再開するから、ハルキチは上の方にあるものを床に降ろしておいてね」
「うん」
母は出て行った。
陽樹は飴を頬張ると備忘録を置いて立ち上がり、転がった脚立を立ててまた手伝いを始めるのだった。
【FIN】




