Rem:4 七輝
「お母さん」
背後からの声に振り返ると、オフィスカジュアル姿の若い女性を伴った七輝の父が立っていた。
「今ちょうど、ここに入ったわ」
「お母さん。七輝はそんなに悪いの……?」
震える指で治療室を示した母に、若葉が問い掛ける。
「あの子ね。最後、私たちが呼んでも何も反応が無かったわ」
「大丈夫だ」
夫に肩を抱かれ、母は椅子へ腰を下ろした。
「そうよ。もう病院へ着いたんだもの。お医者様が何とかしてくれるって」
若葉は母の隣に座り、励ます。
「七輝が私たちを置いて逝くはずがないわ。まだ若いし、すぐに回復するわよ」
「そうよね。父さんやお姉ちゃんの言う通り、なっちゃんを信じなきゃね」
慎は黙って、家族間のやり取りを見ていた。それから、
「僕、ちょっと……」
頭を下げて、席を外す旨を告げる。
「すぐに戻ります」
光はまだこのことを知らない。
彼だって、七輝と友達なのだ。何も知らされないのはあんまりだ。
薄暗い院内を足早に移動し、夜用の出入口から外に出てポケットから携帯を取り出す。
光に繋がるコール音は数回続いた後に、虚しく留守番電話に切り替わった。
『只今、電話に出ることができません。ご用の方は、ピーという発信音の後に……』
慎は通話を切った。光が出てくれないことに、ひどく気が沈む。
(ああ。おれは、七輝は大丈夫だと思っていながらも、どこか不安なんだ。その不安を光と話すことで紛らわせようとしているのか……)
彼ならばきっと、めげない言葉をくれるだろうから。
『そんなに心配しなくても、大丈夫だ。お前がしっかりしなくてどうするんだよ』
と、きっと笑いながら。
祖父が元気な姿を最後に見たのは、亡くなるほんの一週間くらい前だった。
その時は散歩がてら、手を繋いで駄菓子屋へ行った。とても、元気だったのに。
人の命のはかなさも知っているから、不安が消えない。
(七輝。早く目覚めてくれ……)
慎はしゃがみ込んで、また光に繋いだ。
さっきの今だ。慎に応えたのはやはり留守番電話だったが、今度は録音の合図を待った。
「光……。七輝が倒れたんだ……」