Rem:21 交差5
慎は久々に七輝の部屋で体を休める。
随分と長くここを空けていたせいで、彼女の香りは消えてしまっていたけれど。
まだ七輝の持ち物は、たくさん残っている。それだけで幸せになれた。
完全に意識が現実から離れてしまい、慎は宙にぽつんと浮かぶ扉の前に立っていた。
霧なのか何なのか、演出の為に起こしたドライアイスの煙のように、足元はもやもやと濁っている。
不自然な扉は、七輝の部屋のドアだ。慎はノックした。
「はーい」
中から返事が返ってくる。
「おれだけど……」
「入って」
承諾を得たので、ドアを引いて部屋に入った。
「待ってたよ」
やはり中は七輝の部屋そのもので、ベッドに腰を下ろした七輝がこちらを向いてにっこりと笑った。
「……遅刻?」
「ううん、全然。こっちにいいよ」
頭を振って、七輝は自分の横を叩く。言われた通りにそこへ腰をかけた。
「……今日は、どこに行くって言ってたっけ?」
慎が聞くと、七輝は答えとは違うことを言った。
「あのね。今日は、慎に聞いてもらいたいことがあるの」
「何?」
「もう、会うのはこれが最後なの」
「……え?」
ベッドについていた慎の手に、上から一回り小さな手が重なる。
「私はもう、こうやって慎には会わない」
「……別れる、ってこと?」
動揺に掠れる声で尋ねたら、七輝は微笑んだ。
「私、慎のことは好きだよ?」
「じゃ、何で……」
「こんな形で会わなくても良くなったの。もう、……貴方の目が届くところまで来たの」
慎を映す瞳が、キラキラと光を溜めた。
「和泉七輝は瀬谷慎に出会って、一緒に生きるためだけに魂を捧げます」
「七輝、君は……」
「私を見つけてくれる?」
慎は七輝を抱きしめた。
「見つける。必ず……!」
「ありがとう……」
七輝の瞳から、たくさんの光が零れ落ちた。同時に、部屋の景色は消えていく。
「お別れじゃないよ。これは、始まりだから」
彼女は腕を慎の首に回した。
「またね」
いつの間にか、足元から金のシャボン玉が湧いて二人を包む。
「またね」
もう一度七輝が言い、輝きながら身体の輪郭を薄くして消えて行った。
いなくなった大切な存在をまだ抱きしめながら、慎は目を潤ませた。
「またな」
呟いて目を開ければ、もう月と太陽が役割を交代していた。朝がやって来たのだ。




