Rem:21 交差4
胸を刺すように切ない痛みも、様々な感情が入り交じって優れない気分も、寝てしまえばいくらか和らいだ。
(やっぱりここか……)
いくらか予想していた通りに、慎也は例の夢の中にいた。
ただ夢はいつもと違って、僅かに変化している。
景色やそれに色が無いのは、変わらない。
だが、人数が足りなかった。あの女の人は慎也のいる現実に現れたばかりに、夢の世界から消え去ってしまったかのようにいなくなっていた。
慎也は、いつも女の人が立っていた場所、つまり男の人の真正面に立っていた。
初めて、その顔を見る。そして、驚いた。
「……僕?」
慎也と同じ顔がそこにいたのだ。
もう一人の慎也は、とても優しい目で慎也を映した。
「戻っておいで。いつまでも待ってるから」
何をされたわけでもないのに、慎也は恐怖を感じる。体の中から、何かが引きずり出されそうな……。
「僕は、貴方の恋人なんかじゃない!」
咄嗟に叫ぶ。
すると急にひやりとした感覚に襲われ、慎也は目を覚ました。
冷や汗にまみれて、呼吸も感覚が短い。
椅子に座ってベッドの慎也を見下ろしているのは、安心できる存在だった。
「宿題をするって上がったのに、お寝んねかい?」
新しい冷えた缶ジュースが、大きな手の中でゆらゆら揺れていた。
どうやら先程のは、缶が頬に押し当てられたらしい。
「兄ちゃん」
「大丈夫か?」
蒼はベッドの上で皺になったタオルで、慎也の顔を拭いてくれた。
それから、自分と慎也の額に手をあてる。
「熱はないな」
「へ、平気……」
「ずいぶんと唸されてたみたいだぞ。悪い夢でも見たか?」
「うん」
起き上がり、兄の手からジュースを受け取った。プシュ、とタブを起こす。
それから中の甘い液体と炭酸を喉に流し込んだら、いくらか気持ちが落ち着いた。
「……はぁ」
「いい夢は人に話さない、悪い夢は話して正夢にならないようにする。話せるなら聞くぞ?」
「うん」
慎也はゆっくりと、夢の中で見たことを話した。
「何だ。じゃあ今までお前が恋かもしれないって悩んでいた相手は、自分だったのか」
「顔が僕だった」
膝を抱える慎也とは反対に、蒼は笑い出した。
「同性愛じゃなくて、ナルシストってことか?」
「笑うなよ!兄ちゃん!こっちは真剣なんだから」
「バーカ」
ふて腐れる慎也の頭を、蒼はくしゃくしゃと撫で回す。
「面白おかしく言っているんだから、笑っとけ。笑って悪い気を吹き飛ばすんだよ」
「……でも」
「笑えないって言うならこうだぞ?」
蒼はベッドに乗り出して、ジュースの缶を取り上げて窓辺に置く。
それから、慎也の体に手を伸ばした。
「うわ!ひっ、あひゃひゃひゃ!ちょ……、くすぐったいって、兄ちゃん!やめ……、あはははは!」
くすぐられた慎也は、身をよじって笑い転げる。
ほどほどのところで、蒼は手を離した。
「気分はどうだ?」
「……何かちょっとだけ、スッキリした」
慎也は笑った。
「兄ちゃん」
「ん?」
「ありがと。大好き」
「当然だな」
蒼は優しく笑い返し、腕を天井へ向ける。
「これで次に寝るときは、いい夢だな。良かった良かった、わっしょい!」
「何でわっしょい?」
「いいから。ほら、お前も」
「わっしょい?」
「だめだめ。気合いが足りないぞ」
「わっしょい!」
兄弟の楽しそうな笑い声が、夜の部屋から元気良く聞こえていた。




