Rem:19 モテ期4
「私はあんまりお手伝いをしないし、たまにするともたもたしちゃって……。それが何だかネックで、自分に言い訳をしたまま何もしなかった」
「うん」
「出来ないのに何もしないっていうのは、もっとダメだよね。だからちょっとずつ手伝って、いつかお母さんみたいになりたい」
「なれるよ」
慎は優しく、七輝の髪から頬を撫でた。
「お母さんが料理が上手なら、きっと七輝も上手だよ」
「うん!ありがとう。ちゃんと美味しいのが出来るようになったら、食べてくれる?」
「……約束する。七輝には素質がある。お菓子だって、こんなに上手だから」
慎は言いながら、新しい苺のタルトを口に入れた。
「慎、零してる」
服にぽろぽろと落ちる屑を、七輝が払ってくれた。
あまりにも頼りない、仮のプロポーズ。将来の語らい。
慎は目を閉じて、軽く息をついた。
(君は、結婚してくれると言ったのに)
まさか、それが実現できないなんて、考えもしなかった。
夫婦よりも一つになれているけれど、できれば違う形で君と一緒に居たかった。
(これは、あの時君をこの世に引き止めることを一瞬でも怠った、おれへの罰なのだろうか?)
初めて社会に出たのは、随分と昔。
今や、世間一般では『お局様』と呼ばれるような立場。
三十路を過ぎても独身でいる自分が男性社員から何と言われているか、想像くらいは出来る。
売れ残りと言われても行動を起こさないのは、諦めているからではない。
自分で予言をした通り、今まで生きてきた中で好きになれたのは七輝だけだったからだ。
一途な純愛と呼べる領域を通り越し、未練たらしいと言われようとも。
(おれはきっと、君だけを愛すのだろう。――七輝)
「先輩?」
ずっと上の空だった慎を心配し、後輩が顔を覗き込む。
「大丈夫ですか?」
「……ああ、平気」
「じゃあ、戻りませんか?もうお昼も終わります」
「そうだな」
慎は立ち上がり、後輩を連れて会社に戻った。
その日の夜、自宅マンションの玄関にある郵便受けを覗いた時、一通の手紙が入っていた。
手紙の主は、『和泉若葉』となっている。
(若葉さんからだ。珍しい)
チャットを使わずわざわざ手紙を送るということは、何か特別なことでもあるのだろうか。
部屋に戻り、ハサミで封を切った。
『七輝へ
元気ですか?出て行ったっきり滅多に帰らないから、母さんたちが心配しているわよ。
一人暮らしといってもそこまで遠く離れているわけでもないでしょう?
たまには家に帰って、顔を見せてあげたらどうかしら?
その機会として、お知らせがあるの。
この間光くんに会って、慎くんの法事があることを聞いたわ。
七輝のことだから、参加したいでしょう?
光くんが彼の家に出席の返事を出しているから、日程だけを書いておくわね。
日帰りとか薄情なことをしないで、ちゃんとお母さんたちや友達と、お話をしてあげなさいね。
日付:○月○日
時間:午前十一時半~
場所:天照寺
何かわからないことがあったら、連絡をちょうだい。
若葉』
そういえば、久しくあの町に戻っていない。
本当の家族にも光にも、たまにチャットへ来る連絡に応えるくらいで、全然会っていない。
たまにはゆっくりするのもいいだろう。
会社に有給休暇の届けを出し、少しゆっくりしようと思った。




