Rem:15 『好き』のカタチ ―光の秘密―5
慎は光の額に乗せたハンカチをひっくり返し、頭を体操服袋の上に戻した。
「ちょっと、待ってな?」
彼を残して教室を出た。職員室に行くが、担任は用事で帰った後だった。仕方なくグラウンドに出る。
次に頼れるのはサッカー部しか無い。
実は、サッカー部の顧問が苦手。
声が大きく、人相や言葉遣いもお世辞にもあまり良いとは言えない。
第一印象がかなりきつく映るので、生徒間のあだ名は『組長』らしい。
光の話では、ものすごく生徒思いの先生らしいのだが……。
それでも話し掛けるなら、部員の方がいくらか気が楽だ。
七輝は光と友達だったし人見知りはしないから、サッカー部員とも少し会話を出来るくらいには仲が良かった。練習中の部員の中に部長を見つけて、踏み込んでいく。
「キャプテン!」
「うわっと!和泉さん?何やってんの。まだ練習中!危ないから出て」
「先輩っ!」
慎は、自分を退場させようと上下に動かすキャプテンの腕を引っ張った。
「助けて下さい!光が……」
「諏訪本?今日は具合が悪そうだから、先に帰したけど」
「それが今……」
「こら、そこの女子生徒!危ないから出らんかい!何年何組や、ああ?」
慎の説明をドスの効いた大きな声が遮った。
こちらを睨みながら、普通にしていても怖いしかめっつらが歩いてくる。
(ひいいい。組長!怖い――!)
思わず引け腰になると、キャプテンが間に入ってくれた。
「待ってください、先生。彼女は諏訪本のことで来たみたいなんです」
できればキャプテンの背中を壁に話したいくらいなのに、そうとも知らぬ男は組長の前に慎を押し出した。
「顔は怖いけど話せばわかる人だから。さ、和泉ちゃん」
キャプテンが、囁いて促す。
「諏訪本だと?」
組長の左眉が上がった。
「は、はい!」
ここは、怖がっている場合ではない。
「彼が熱を出して、教室で倒れたんです。立てないみたいだし、おれ、……私じゃ背負って帰られないから」
「そりゃいかん!来なさい」
組長は大股に歩いて、グラウンドから出ていく。
「各自、練習は続けるように!木田!ちょっと頼む」
副キャプテンに声をかけ、キャプテンは慎に手招きをして組長の後を追った。
三人が教室に戻ると、光はまだ寝ていた。
組長は光の額に手をあて、それからキャプテンの顔を見た。
「病院に連れていった方がいいな。保険証がいるから親御さんに連絡をせにゃならん。お前は諏訪本を背負って、下まで来られるか?俺が車を回すから」
「多分大丈夫です」
慎と組長は力を合わせて光の体を起こし、キャプテンの背中に乗せた。
「よいしょっ……、と」
キャプテンは膝に力を入れ、ゆっくり立ち上がった。
「ちょいと俺は準備をするから、お前さんたちは転ばないように、ゆっくりと降りて来なさい」
組長は先に、小走りに教室から出た。
慎は急いで机と椅子を元の位置に戻し、二人分の鞄と光のスポーツバッグを持ち、教室の電気を消して廊下に出る。そこで待っていたキャプテンは歩き出した。
「随分と派手に倒れたんだな、こいつ。あんなに机が動いて」
「……」
慎は赤くなった。あれは光が病人だとも知らずに、力任せに突き飛ばした慎の仕業だ。
後ろめたさに小さくなったが、キャプテンは気がつかないようだ。
階段についたので、慎は落ちても支えられるように、光たちの隣を歩いた。
緊張しているのに気づいたキャプテンが笑う。
「大丈夫だよ。そんなに落ちないか心配しなくても、落としたりはしないよ」
「は、はい……」
頷いたが、だからと言って先に下りて待っている気にもなれず、最後までキャプテンの歩調に合わせて歩いた。靴箱まで来て一旦立ち止まる。
「和泉ちゃん、先に靴を履き変えて」
手早く靴に履き替えると、キャプテンのところに戻る。
「和泉ちゃん、悪いんだけど靴紐を解いてくれる?両手が塞がってて履けないから」
言われた通りにして靴の中に足が入ると、紐を結び直した。
「ありがとう。手間をかけさせたね」
「……いえ」
昇降口を出て、組長が待っていた。
「こっちだ」
正門の前に、車が横付けされていた。
「頭を打たないように気をつけろ」
「はい」
後部座席のドアを両方開けて、組長とキャプテンの二人で光を車内に入れる。
荷物をトランクに入れさせてもらい、組長は言った。
「ご苦労だったな。お前は練習に戻っていい」
「はい」
「事故が起こらないように、野球部の顧問にたまに目を配るように頼んである。早く戻るつもりだが、六時半になっても俺が帰らなかったから練習を止めて帰れ。以上だ」
「はい」
キャプテンは頭を下げ、グラウンドに戻って行った。




