Rem:15 『好き』のカタチ ―光の秘密―
七輝の願いを知り、己の身体を失った後も、思い出をたどる軌跡はまだ続いていた。
ただ、回を追うごとに頻度は減って行く。
軌跡は一度奇跡になると、二度は起きないらしい。
そのことに気づいてからは、慎はその力にあまり頼らないようにした。
頼りすぎれば、無くなるときが早く近づく。
どうしようもなく不安定なとき、その力に縋る。
そしてまた前向きに生きるのだ。そうして毎日は、過ぎていく。
そんなある日だった。
外は青空と雲がバランス良い具合に空を作り、太陽は教室に吹き込む風を温めていた。
うっかり授業中にうつらうつらとしていると、気が緩んだのだろう。
くすくすと笑い声が聞こえた。
『まーた、居眠り?』
クラスの生徒の希望で、空っぽの机が片付けられないまま置かれている。
その慎の席に腰をかけ、七輝がこちらを見ていた。
『真面目な顔してても意外と授業に集中してないんだよね、貴方は。光も言っていたけど』
光の方を見れば、彼はシャープペンシルを握ったまま机に潰れていた。一足先に夢の中である。
『光はいつもね。でも運動部の生徒には、良くあること。……それがいいっていうわけじゃないけどね。ところで本人には内緒の話、自習時間や先生が席を外すことあるじゃない?光が寝てたら、クラスの女子で光を好きな子がちゃっかり携帯で隠し撮りをしているの、知ってる?』
慎は頷いた。記憶は定かではないが、何度かそういう光景を見たことがある気がする。
『あれ、女の子の携帯メールでよく回ってるんだけど、暗黙のルールみたいなものがあるのよ』
ルール?慎は首を傾げた。
『寝姿だけなら十点、顔アップは二十点、寝言は三十点なんだって』
「何だそれ。点数なんか付けてどうするんだよ……?」
口だけを動かして、聞いた。
『知らなーい。ただの競争じゃないのかな?漫画みたいにファンクラブがあるわけじゃないし。ただ、自慢はできるよね』
女という生き物は、よく分からない。慎は改めて思った。
『でも私は慎を見ている方が、楽しかったけどね』
「……」
『船を漕いでいると思ったら、黒板が進んでいるのに気づいてはっとなってノートをとる。でもまた眠くなって……ってエンドレス』
七輝は笑う。
『漫画みたいで、面白いもん』
「……やめろよ。そんな変なところを観察するの」
頬杖をついて、むすっとして言った。
『拗ねないの。でもしょうがないよね。睡魔って、どうしても勝てないもん』
「そうなんだよな……」
手をあてて欠伸をした瞬間、鋭い声が飛んだ。
「和泉!」
担任が授業の手を止めて、こちらを見ている。
「いーずーみー」
「あ、は、はいっ」
慎は慌てて立ち上がった。
「今、先生が話したところの問いをちょっと答えてみなさい」
「……」
そう言われても、七輝の話に夢中で全く授業は聞いていない。
一応来年は受験生なだけに予習くらいはしてきてあるが、どこをしているか分からないのではそれも意味は成さない。
「……すいません。わかりません」
慎はすぐに大人しく白旗を上げる。担任はため息をついて言った。
「まったく。さっきから黙っていたら口パクで遊んだり、涙を浮かべてあくびをしたり……。腹話術の練習か?」
クラスがどっと笑い出し、慎の体が熱くなった。
「大事な年なんだからちゃんと聞きなさい。座って良し」
「……はい」
慎は腰を下ろした。注意を反らした張本人の七輝は、もういなくなっている。
まだ笑いの絶えないクラスで、笑っていない人物がいた。
「……」




