Rem:14 全身全霊をかけて愛する君を守る7
光は地面を蹴って、ペダルに足をかけた。
「おらぁーっ!」
二人分の体重の掛かった漕ぎ出しはやはりきついようで、光は踏ん張るために変な声を出す。
「だ、大丈夫かよ?降りようか?」
「バカにすんなよ?毎日サッカー部で、筋トレしてるんだぜ?その体力の意地を見せてやる」
始めはふらふらしていたものの、運よく追い風が手伝ってすぐにスムーズに進んだ。
まだ真っ暗ではない。太陽はこの町から姿を消し、空は濃い紫色に染まっていた。街灯の明かりも、ポツポツとついている。
「そういえば、何であそこにいるってわかったんだ?」
「ああ?」
光は漕ぎながら答えた。
「んなの、知るか」
「は?」
「勘だよ、勘。だから理由はない。別に尾行したわけじゃねーから、安心しな」
「そういう意味じゃないって……」
「ははっ。分かってる。しかし良かったぜ。勘が当たって見つかって。真っ暗になってからもお前を放っておいたら、まこに怒られるところだ」
親友を失って光だって辛いだろうに、彼は優しくたくましかった。
(おれも強くならなきゃ……)
慎は背筋を伸ばして、前を見据えた。
(生きていく。君の願いのために、君のいないこの世界で。また二人の心が交わるその日まで、おれはひたすら待つんだ。だから決めた。おれは君にあげよう。おれの身体を。かけがえのないものをくれたお礼に)
天国へと進む七輝が寂しくないように。次に会う時、魂の住まう器が無くて困らないように。
不釣り合いにぶかぶかで困るかもしれないけど、持って行くといい。
(おれの身体、どうか七輝を守ってくれ……)
自転車は慎の家の前で止まった。
「降りて」
光に言われ、慎は先に降りた。葬儀ではないので学校の生徒はおらず、恐らく近くの親戚が来たくらいだろう。光は自転車を邪魔にならないように止め、鍵をかけて二人分の鞄を持った。光がインターホンを押して、蒼が中に入れてくれた。
「母さん、母さんてば!」
「あら光くん、七輝ちゃん」
蒼が呼び、喪服姿の母が遅れて居間から出て来た。
「二人とも試験前で大変でしょう?わざわざ来てもらってごめんなさいね」
「いいえ。今会っておかないと後悔しますから。こちらこそお忙しいところに、すみません」
光が言った。
「いいのよ。光くんたちが来てくれて、慎も喜ぶわ」
母は二人を仏間に案内した。
「慎、光くんと七輝ちゃんよ」
棺桶の前に膝をつき、その窓に向かって母は話しかけた。
「大丈夫か?」
光は、気遣うように慎に声をかけてくれる。
慎が頷き、光が背中に手を添えてくれたので二人揃って棺桶に近づいた。
先に二人で線香を焚き、棺桶の前に座り手を合わせた。
「なんか、ただ寝てるだけみたいだな。ここで騒いでたら、『うるさい』とか言って起きそうだ」
光が呟いて、母が頷いた。
「ええ。おばさんもそんな気がするわ」
母は朝に比べると、ずいぶんと元気になったようだった。そう言った後、何かを思い出したように手を叩いた。
「そうだ。光くん」
「はい」
「貴方が写った写真を現像に出しててね。それがいくつか見つかったから、持って帰ってちょうだい」
「あ、それじゃあいただきます」
光は母の後について、部屋を出て行った。一人部屋に残った慎は、もう少し棺桶に近づいた。
生きているはずの自分の死に顔を見るなど、やはりあまり気持ちの良いものではない。
それでも今は、目を反らすわけには行かない。
慎はガラスの向こうで眠る、自分の身体に言った。
「いいか?しっかり、七輝を守るんだぞ」
そして夜は、静かに更けて行く……。
葬儀の日、学校の生徒や親戚、光、そして自分自身の見守る中で、慎の身体は炎に包まれた。
慎を作っていたものは塵と化し、白い骨だけが残った。最後に、母と蒼が涙を流した。
(ごめんな、母さん、蒼、父さん……。おれはどうしても、この身体で『七輝』として生きて行くよ。親不孝者の息子でごめんな)




