Rem:2 日常3
ポタッ。
「わっ!」
「どうした?」
「今、ほっぺたが濡れた」
七輝は手で頬を擦る。
「雨が降るよ」
慎は自分の手を見、それから七輝の持ち物を見た。二人とも傘を持っていない。
「早く帰ろう」
今の状態のまま雨に濡れれば、彼女は本当に風邪を引いてしまう。慎は歩みを早めた。
しかし、数分経つと……。
ザアアァァ。
バケツをひっくり返したような激しい雨が地面を叩く。
雨宿りする場所を探す暇もなく、慎たちはびしょ濡れになった。
慎が公園の公衆トイレに走ったので、七輝もそれに従う。
その軒先で、一旦持ち物を下に置いた。
こんな状態では雨宿りも大して意味は成さないが、帰り着くまでにはあと十分くらいはかかる。
すぐにまた雨の中を帰るか、それとも少し休んでから走るか。
どちらが七輝の為に良いのかを考えていたら、制服を絞りながら彼女の方から沈黙を破った。
「明日までに制服乾くと思う?」
それを聞いて、慎は脱力したように笑った。
(そこじゃないだろう。心配するとこは)
「さあなぁ。少しは体調のことも考えな」
「だってー。……っくしゅ!っくしょん!」
「言ったそばから」
続けてくしゃみをする七輝の唇は、色が悪い。
冬ではないはずなのにその寒さに身震いしながら、彼女はもっと寒いだろうと思う。
「こんなことなら学校に残ってればよかったかもなー」
例えいつものようにグラウンドでサッカー部を見ていたとしても、校舎は近いから走れば屋内に入れる。きっとここまで濡れることもなかった。
後悔にため息をつく慎に、明るく返事が返って来た。
「一緒だよ」
七輝はにっこりと笑う。
「結局は二人とも、傘を持ってなかったんだもん。いつかは濡れて帰らなきゃいけないんだから」
濡れたことなど何でもないように言いながら、小さな背中が先に雨の中へと飛び出す。
「ねっ!帰ろ?」
振り返り、華奢な手がこちらに向かって差し出される。
「……ああ」
慎も再び空のシャワーの中に入ったが、彼女の手を握る前に、反対の手に触れた。
「あっ!」
断られる前に、先に七輝から鞄を取り上げる。
「こんなに重いもんを持ってたら、走りにくいだろ」
「けど」
七輝が鞄を取り返そうとするが、手の届かないところに動かす。
「少しは心配させな。それに光に任せておれはダメとか何でだよ」
それを聞くなり彼女は驚いたような表情になり、それから首を傾げて微笑んだ。
「それってもしかして、やきもち?」
「ちっげーよ!」
慎は七輝の手をとり、走り出した。
「けど、そうとも言うかも?」
「何よそれ。結局はそうなんじゃない!」
叩きつけるような雨の音に混じり、七輝の笑い声が道に響く。
冷えた体に、徐々に温かくなるお互いの手だけが心地良かった。
たまに歩いたりまた走ったりして、思ったよりも早く七輝の家へ辿り着いたどり着いた。
どちらからともなく手を離し、七輝は家の門を開けて振り返る。
「家に入ったら、すぐ風呂に入れよ」
「うん。慎もね」
「試験前でも体調悪いんだから、あまり夜更かしをするなよ」
「分かってるって。何かお母さんみたい」
「お前な」
「うーそ。心配してくれてありがとうね」
肩をすくめて笑い、七輝は家に入った。
彼女の姿がきちんと無くなるのを見届けて、慎は再び走って帰路についた。




