Rem:13 海で傷心の背中を追う8
花火自体は別荘の側に置き去りにしていたから、きっと光たちが見つけて勝手に始めたのだろう。
「戻ろうか?」
声をかけると、七輝は頭を振った。
「もう少しだけ、……二人でいたいの」
七輝が自然に胸に倒れて来て、慎もその気持ちを受け止めるように抱き留めた。
身体を濡らす波も、それが奏でる音も、とても心地良かった。
「慎くん……」
「いいよ」
「え……?」
「いいよ。『慎』で。『嫌い』って言うときだけじゃなくて、いつも『慎』で」
「あれは、つい……」
罰が悪そうな七輝に、慎は笑った。
「大丈夫。気にしてないから」
まあ、それは嘘。実は結構傷ついたけれど、今はどうでもいい。俯く七輝の耳元に近づいて、囁いた。
「七輝には、『慎』って呼んでほしい」
七輝が顔を上げた。
「呼んで」
「ま、こと。……慎」
恥ずかしそうな彼女がどうにも愛しくて、その高まる感情のままに、慎は七輝の頬に唇を落とした。
『愛』という名の衝動のままに、目にも、髪にも、何度もキスを降らせた。
「ひゃ……、あはは。くすぐったいよ」
照れからなのか、最初は少しはしゃいでいた七輝もついに雰囲気に呑まれた。
花火自体は別荘の側に置き去りにしていたから、きっと光たちが見つけて勝手に始めたのだろう。
「七輝」
呼べば、熱のこもった目でこちらを見上げてくる。綺麗な瞳がゆっくりと瞼に隠された。
きっとキスをしてもいいんだよって、許してくれている。慎は息を飲み込むと、そっと顔を近づけた。段々と、こちらも目を閉じながら。
距離が縮まるほどに、高鳴る鼓動。早く七輝に触れたいのに、緊張が邪魔をする。
慎は薄目になって、状況を伺い見た。
月の光を弾く、サラサラな髪。時折震える、長い睫毛……。白いけれど、昨日よりは僅かに色の付いた肌。小さな鼻に、ふっくらな唇。
慎は固まった。
(まずい。また、鼻血が出そう……)
キスをしたいのに、緊張をして動かない。
(だめだ。今を逃したら、自分のことだからしばらくはできないかもしれない。腹をくくれ)
慎はぎゅっと目を閉じて、行動に移した。
唇に、何かが触れた感触。掠める程度におさめて顔を離し、慎は目を開けた。
既に目を開いてこちらを見ていた七輝は、驚きながらも優しく笑った。
(うーん。やっぱりおれは、意気地無しだった)




